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名前は聞くけど実態は謎 松下幸之助が作った「松下政経塾」

松下政経塾1期生・逢沢一郎氏(自民党)

 ”ドジョウ総理”こと野田佳彦氏を輩出した「松下政経塾」とはいったい何なのか? 2011年9月21日に放送された、ニコ生×Voice「激論!逢沢一郎VS山田宏~”松下政経塾”とはなんなのか」で、松下政経塾1期生の逢沢一郎氏(自民党国会対策委員長)と、同2期生の山田宏氏(日本創新党党首・元杉並区長)が、その実態を語った。逢沢氏によると、設立当初の同塾はプログラムやカリキュラムがほとんどなく、塾主でパナソニック創業者の松下幸之助氏をまじえ、「皆で一緒に考えよう」というところからスタートしたという。

■「国家経営者」を養成するための学校

松下政経塾2期生・山田宏氏(日本創新党)

 松下幸之助氏は、いったい何を目指して「松下政経塾」を作ったのかとの問いに、山田氏は、

「(故・松下氏曰く)このままでは日本が危ない、いずれアジア(台頭)の時代になる。その時に、日本が世界の繁栄の受け皿としてリーダーにならなければならない。そのためには、国や経済のリーダーを養成しておかなければならない」

と設立の理念と目的を語り、いわば「国家経営者」を作ることを目指す学校であると語った。設立当初に1期生として入塾した逢沢氏によると、

「入塾して驚いたことは、プログラムやカリキュラムがほとんどない。どういう風にしたら良い政治ができるか、良い政治家を育てられるか、(故・松下氏を含め)『皆で一緒に考えよう』というところからスタートした」

と語り、設立当時は「何もない」、手探りの状態だったことを明かした。

■自分でテーマを決めて活動する

番組冒頭に行われたアンケート

 最大で5年間という入塾期間中、塾生は財団から奨学金を受け取り、神奈川県茅ケ崎市にある寮を中心として活動に励むことが基本となっている。だが、入塾2年目以降は、一般企業に勤めるなど社会活動も行っていたという。総理大臣にまで登りつめた野田氏も、松下政経塾にいた頃は、地域を知るためガスの検針をしていたという。その一方で、政治・政策についてディベートや演説などの練習をすることはほとんどなく、逢沢氏は同塾について「時々、そういった(政治予備校的な)誤解や思い込みを持たれることがある」としたうえで、

「しかし、(塾生が)選挙に出て行く、その選挙を手伝う。そういうことを通じて雑事も手伝う。応援演説をすることもある。オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)という表現が良いかどうかわからないが、そういったことの中で、自然に経験を積んでいく」

と述べ、松下政経塾での活動内容は、自主性と実務性が高いものであることを示した。

■野田氏は「主座」を保ち続ける人

 松下政経塾1期生で、逢沢氏と同期生でもある野田佳彦氏について、逢沢氏は、

「(当時は)口数は多いほうでなく、目立つ人ではなかった。ただ、深くじっくり考え、発言は最後のほうにする。根性があり、重みのある芯の通った発言をする人」

と述べ、故・松下氏が掲げた理念である「主座」(”このようにしたい”という主体性)に忠実な人物であったとを語った。また、野田氏は卒塾後、地方選挙で千葉県議会議員に当選するが、所属したいと思う政党、会派がなかったため、「ひとり会派」で孤軍奮闘していたことなどから、逢沢氏は

「(政治家として)彼なりの『主座』を保ち続けている」

と評価した。しかしながら、その一方で、

「残念なのは、総理になった後。(野田氏は)臨時国会を『4日間で閉じろ』と本当に指示したのか。友人としてはそうは思いたくないのだけれども、どうもそうらしい。それは野田君らしくない」

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