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「なにもしない」より「いい失敗を」。KDDIの研究者がシリコンバレーで見てきたこと

KDDI研究所には、「とにかく世界を目指す」ことをミッションにした、ユニークな研究ユニットがある。その誕生に深く関わり、経済産業省の起業家育成プログラムに提出した事業計画書が認められてシリコンバレーまで行ったのが、泉川晴紀(現KDDI技術企画本部技術企画部)だ。泉川に、ユニット誕生のいきさつと、さまざまな学びを経た現在の思いを聞いた。

研究所幹部との直談判で立ち上げた研究ユニット「ミライ ヲ ツクル」

世界でももっとも進んでいる日本の通信環境。ネットワークはLTE化が進み、スマートフォンの普及率も急速に上がっている。事業者ごとに端末で個性を出していたフィーチャーフォンの時代に比べると、なかなか差別化が難しい。

「KDDI研究所でも、私たちやその下の世代は現状に危機感を持っていました」と泉川は当時を語る。そのために新たなサービスが必要だという思いの一方で、”KDDIのR&D(研究・開発)センター”というKDDI研究所の役割から、KDDI事業に関係のないテーマには取り組みにくいというジレンマに悩んでいた。

「それでもこのままではいけないと思い、数名の仲間と議論し、上長に相談に行ったんです」(泉川)

訴えたのは、広く世界を見て研究をしたいということ。「新しいサービスを考えたい」「外部のコンテストに出たい」「今のKDDIの事業には直結しないけれども、トレンドをつくって将来KDDIに返ってくるような仕組みをつくりたい」「研究論文で世界最高峰の論文誌への掲載を目指したい」など、とにかく尖りたいという思いをぶつけたのだ。

「研究所にはもともと、やりたいことを頭ごなしに拒否しない文化はありましたが、実際に工数を割いて取り組むには、『何をやりたいか』を上長に明確に説明して、審議を受け、承認を得る必要がありました。でも、その判定は”KDDI事業にどのように貢献するか”などに基づいて判断されがちです。その一方で、会社の外で必要としている人がいるかもしれませんし、研究所という組織の性格を考えても、追いかけたいテーマの必要性や成長性は、世界の目線で判定してほしいと考えたのです」。新しい制度を必要と考えた理由を泉川はそう説明する。

その思いは、上長を通して研究所長をはじめとする幹部に伝わった。「最終的には『若い人がやりたいならやってみればいい。その代わり、やるなら世界一を目指すなど、すごいことをやってほしい』と言ってもらえました」(泉川)。こうして2015年5月、「とにかく世界に向かう」ことをミッションとする研究ユニット「ミライ ヲ ツクル」が研究所内に誕生したのだ。

「ミライ ヲ ツクル」は、測位技術やAIに基づいたマッチングなどのさまざまな取り組み(プロジェクト)の集合体ユニットで、その参加資格はただひとつ。「尖ってなにかやりたい」という熱意があること。ユニットへの参加希望があれば上長に申請し、従来の業務と調整して工数を確保する。半期ごとに出入りできる仕組みとなっており、メンバーはユニット内の既存のプロジェクトに参加しても良し、自分でやりたいことを探してプロジェクトを立ち上げてもよい。

ユニット誕生からのおよそ8カ月のあいだに、データマイニングの世界大会であるKDD Cup(Knowledge Discovery and Data Mining Cup)にチームを組んで参加し、約800チーム中6位の成績を上げたり、PDR(Pedestrian Dead Reckoning:歩行者自律航法)を活用したコンテストで優勝するなど、世界に通用する成果を上げてきた。

自分の「困りごと」から事業を発想

「ミライ ヲ ツクル」の立ち上げに関わった泉川自身が参加した「始動 Next Innovator 2015」(以下”始動”)は、グローバルな新規ビジネスを創出できるイノベーターを育成することを目的に、経済産業省が主催する2015年6月からスタートさせたプログラムだ。2カ月間の日本国内プログラムで、イノベーターに不可欠なスキルセットとマインドセットを学び、選抜されたメンバーはシリコンバレーで現地のメンターや起業家に、自らの事業計画を見てもらうシリコンバレープログラムに参加できる。ほかのインキュベーションプログラムとの最大の違いは、大企業や自治体などの組織で新規事業や企業内起業家を目指す人をメインのターゲットにしている点だ。

「ユニットの仲間から『こんな面白そうなプログラムがある』と教えてもらい、応募を決めました」(泉川)。だが、応募時の書類選考に必要な「新事業」のアイデアは、当時まったくなかったという。

当時の泉川の「困りごと」は、離れて暮らす親の健康だった。「親が体調を崩したことがきっかけで心配になり、リモートカメラでいつでも様子がわかる見守りサービス的なものを使ってほしい、と言ったのですが、親には『寝たきりになったら考えてもいいけど、今はまだ若いんだからそんなものはいらない』と言われてしまいました。もしかすると、同じような悩みを抱える人は大勢いるのではないかと思いました」(泉川)。

そう考えた泉川は、「お年寄りといえば巣鴨だ」と、実際に巣鴨に行ってシニアに話を聞いた。その結果、「自分はまだ若い」「老人扱いされたくない」「今は元気なんだから、見守りなんて必要ない」という本音を引き出すことができた。

「一方で、我々世代からすれば、親が元気なうちはいいけれど、いつ何時体調を崩したりするかわからないから見守りたい、備えたい、というニーズがあります。親の気持ちと子供の気持ち、見守られる側と見守りたい側のあいだにミスマッチが起きている。これは解決しなくてはいけないと思いました」(泉川)。

ここから発想したサービスが「ゆるみま」だ。「ゆるみま」とは、「ゆるいみまもり」を短縮した泉川の造語で、「見守られていることが気にならない、プライバシーに配慮した見守りサービス」を目指したものだ。具体的には気圧変化と気温変化を使い、ドアや窓の開閉があったことだけを検知する。見守られる側の行動まではわからないが、「なんとなく元気で動いているんだな」ということがゆるくわかる、というサービスだ。緊急通報などの仕組みはない代わりに、見守られている側にとっては部屋に気圧気温計があるだけなので、監視されている感じがなく、気持ちの負担にならない。

“始動”への応募は、チームではなく個人単位。KDDI研究所からは6人が応募した。互いに応募用紙をチェックしてレビューするなど協力した結果、6人中4人が国内プログラムの参加資格を得た。

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