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すべては尊い命を救うために。ドクターヘリ出動に”通信”が果たす役割とは?

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「強い風がきますよ、気を付けて」。注意を促す声とほぼ同時に、取材用ノートが飛ばされそうになるほどの強風が吹き付けてきた。ヘリコプターによるダウンウォッシュ。発生させたのは、日本医科大学千葉北総病院に到着したドクターヘリ。声の主は救命救急センターの本村友一医師だ。搬送されてきた高齢者が降ろされる。必要があれば、到着から5分後には手術を始められるという。


日本医科大学千葉北総病院に降り立つドクターヘリ


着陸するや否や、救命救急センターへ患者が搬送される

ドクターヘリとは、救急医療活動に使用されるヘリコプター。医師と看護師が乗り込んで患者のもとへ駆けつけ、その場で必要な処置を施し、そのまま医療施設へ搬送する。日本では2001年4月から運用が始まっており、全国38道府県に46機が配備されている。冒頭で紹介した本村医師は、すでに850回搭乗したベテランの救急救命医だ。

日本医科大学千葉北総病院 救命救急センターの本村友一医師

現在、交通事故症例に対してドクターヘリを使用した場合、事故発生から治療が開始されるまでにかかる時間は平均で38分。HEM-Net(救急ヘリ病院ネットワーク)の調査では、従来の地上の救急車搬送に比べて救命率は3割以上向上し、その後、完治して社会復帰ができた人は1.5倍に達しているそうだ。

この救命率をさらに上げるべく、38分という時間をより短縮させる取り組みが始まっている。それが、トヨタ、ホンダなどの自動車メーカー、HEM-Net、KDDIなどが取り組んでいる「救急自動通報システム(D-Call Net)」である。数年前から導入に尽力してきた本村医師は、「2015年11月30日より全国9カ所のドクターヘリ基地病院出動エリアで試験運用を開始。2018年から全国で本格運用を開始する予定です」と教えてくれた。

高エネルギー自動車事故が発生した際に事故の情報が自動で通報される

「D-Call Net」の仕組みはこうだ。「D-Call Net対応車」がエアバッグの作動する事故を起こすと、車両情報やGPS情報、事故発生時の状況が自動で「HELPNET(日本緊急通報サービス)」のサーバーに送信される。「HELPNET」とは、登録しておくと事故などの際に自動で最寄りの警察や消防などに連絡をしてくれる緊急通報サービスである。

「HELPNET」サーバーと「D-Call Net」サーバーは同期されており、「D-Call Net」のサーバーにて、事故状況などから乗員の死亡・重症率を算出し、ドクターヘリの出動要請を行う管轄基地病院を自動選別。病院に配布されている専用タブレットに、車両情報や事故発生現場、死亡・重症率といった情報を送信する。死亡・重症率が5%を超えている場合、ドクターヘリが出動するといった流れとなる。


日本医科大学千葉北総病院 救命救急センターのドクターヘリ運行管理室

また、これらの情報は「HELPNET」のオペレーターから管轄の消防署にも伝えられて、ドクターヘリの出動が必要ない場合は救急隊が出動、ドクターヘリが出動する場合は救急隊に加えて支援隊が出動する。KDDIはこの仕組みのうちで、専用タブレットの画面開発とタブレットに情報を送信する通信網、そして、サーバーの構築を担当した。

事故発生からドクターヘリの要請までの時間を6分の1に短縮

「『D-Call Net』を導入した最大のメリットは、事故発生から治療開始までの時間を短縮できたことです。現在、事故発生から治療開始までにかかっている38分を分析すると、事故発生から消防が覚知するまでに5分、消防からドクターヘリの要請までに15分、ドクターヘリが出動して治療を開始するまでに18分かかっています。

しかし、『D-Call Net』を使えば、これまで20分かかっていた事故発生からドクターヘリの要請までが3分で完了します。一分一秒を争う救急救命で、この17分の短縮は非常に大きい」と本村医師は語る。


D-Call Netの導入により、事故発生から治療開始までの時間を17分短縮可能になった

救急救命には、呼吸や心臓の停止、大量出血などが発生した際の治療開始時間と死亡率の関係を示した「カーラーの救命曲線」と呼ばれる目安がある。交通死亡事故の約3分の1は大量出血が原因とされているが、大量出血は約30分放置された場合、その後の処置で助かる確率は50%といわれている。

ドクターヘリ到着の平均である38分では救命率は下がってしまうが、「D-Call Net」導入により21分まで短縮できれば、救命率は大幅に向上する。その救命効果は、死亡率を68%低下させ、年間282人の命を救うといった試算もある。

「出血だけにとどまらず、肺に穴が空いて呼吸が出来なくなる緊張性気胸なども、時間との勝負。放っておくと短時間で死に至りますが、医師が管を1本刺せば応急処置ができます。出血と同様に、事故現場までの到着時間を短縮できれば、助けられる確率が上がるでしょう」(本村医師)

「D-Call Net」のもうひとつのメリットは、事前に事故の状況をつかめることだ。本村医師によると、「タブレットに表示される情報は厳選されたもので、かつ情報の視認性にもこだわったもの」だという。

「表示される情報は、衝突方向、事故による車速変化、エアバッグ展開の有無やハンドルの位置、シートベルト着用の有無、事故発生からの経過時間、車種、ボディカラー、事故発生場所住所、緯度経度、地図、運転席・助手席の死亡・重症率など。

死亡・重症率は、過去10年の事故280万件を統計処理した上で作成したアルゴリズムを基にして算出されており、かなり精度が高いものです。乗員数やケガの程度、衝突時の状況から推測される体の状況などを把握することができるのは医療資器材や、心の準備にもつながります。

なにより、状況を把握できることで、優先順位をつけて、最適な装備、人員で臨むことができる。救急救命は常に人手不足なので、効率化できるのは大きなメリットです。ほかにも、事故が発見されないような山奥で単独事故を起こした場合、自分で通報ができなくても救助される可能性が高くなりますね

D-Call Netのタブレット表示画面。本村医師の意見を反映し、微調整を重ねた上で完成に至った

しかし、開発当初の情報表示画面は、本村医師にとって満足できるものではなかったという。

KDDIの担当者が見た救急救命の現場。命を救うためにこだわり抜いた画面表示

「言われた情報をしっかりと反映した画面をつくっているのに、何度も改善を求められる。正直、何がダメなのか分かりませんでした。今だから言えますが、先生から電話があると、少しドキドキしていました(笑)」と語るのは、KDDIの営業担当者である高木由紀子だ。机上で話を聞くだけでは、本当に有用なものをつくれない。現地現物で本質を見極めるため、高木は救急救命の現場に何度も同行した。


KDDI まとめてオフィス株式会社 ソリューション営業本部 高木由紀子

「現場は文字通り時間との闘い、一分一秒でも早い処置が求められていました。タブレットの情報を一度咀嚼し、分析するような画面では、どうしてもタイムロスが生じてしまうし、医師にも余計な労力を使わせてしまう。単に情報を表示するだけではダメで、直感的に情報が把握できるようにして、医師は医療行為のみに注力できるような画面にすることが重要だと痛感しました」

現場に赴いたのは高木だけではない。開発担当のSEもドクターヘリに同乗して、医師だけでなく現場のスタッフ全員に情報を正しく伝える重要性を実感したという。

結果として、救命率に大きな影響を与える事故経過からの時間や死亡・重症率は赤文字で目立つように表示。医療知識のないオペレーターでも状況把握をしやすくした。また、ドクターヘリが降下できる最適の場所を見つけやすくするように、地図の表示を大きめに変更。クルマの向きは医師が乗員に対して正対した方向に合わせた。

「普通に表示すると、車の向きは前方が上になりますよね。しかし、その表示では、医師が頭の中で乗員を正対に置き直して状況を判断する必要があります。その一手間を無くすために、前方を下にして乗員を医師に対して正対させました。ほかにも、事故発生からの経過時間は1分ごとにカウントしたり、ヘリは緯度経度で目的地を測るのでその情報を入れたり、多重事故の際には、事故車両を間違わないためにボディカラーを入れたりするなどの工夫もしました」と語る高木の言葉に、本村医師が続けた。

「ちょっとしたことだと思えるでしょう。しかし、救急救命の現場では、そのひと手間に頭を使っている時間がないんです。KDDIさんとは何度もやりとりをして、とにかく直感的に分かる表示にこだわりました」

非常に苦労した専用タブレットでの情報表示。一方、KDDIが担当したもうひとつのパートである、タブレットに通報する通信網、そして、救急自動通報システムサーバーの構築はお家芸だ。

「タブレット管理に活用しているのは、スマートデバイスのセキュリティ対策と管理強化をパッケージにしたサービス『KDDI Smart Mobile Safety Manager』です。ナンバーや車種といった個人情報に加えて、事故情報やケガの推測まで表示されるので、セキュリティ対策には万全を期しています。

端末ごとにIDとパスワードを設定し、盗難・紛失時は、IDを無効化する機能も搭載しました。なお、事故発生から1時間経過すると情報は表示されなくなり、端末には情報が残らない仕組みです」と高木は胸を張る。

「通信は命を救う」。その信念をモットーに導入に尽力する

もちろん、課題もある。最大の課題は、「D-Call Net」対応車の少なさだ。現在、国内にある車(自動車、バイクなど)8,000万台のうち、対応車種は10万台。取材時点では、実際に「D-Call Net」が運用されたケースはないという。

また、乗員の年齢を取得する方法がなく、死亡・重症率の算出はリスクが高い65歳以上を念頭にアルゴリズムを作成している。しかし、これらの問題点は、今後、普及の加速や技術の進化によって解消される可能性が高い。

「実動訓練では、ドクターヘリのサポートを行う消防の到着が遅れました。今後、消防にもタブレットが配備されて情報が自動送信されれば、より初動が速くなると思います。また、クルマの乗員だけでなく、接触したバイクや自転車、歩行者などのいわゆる交通弱者の状況も把握して救命率を上げていきたいですね」(本村医師)

本村医師は、「D-Call Net」の導入に奔走している段階から「いずれ、通信は人の命を救うようになる」と、繰り返し関係各所で説明していたという。通信ネットワークの充実や安全なサーバー網の構築により、その言葉は現実のものとなった。ドクターヘリをより迅速に運用し、ひとりでも多くの尊い命を救うために、通信のチカラは見えないところで役立っているのだ。

関連リンク

HEM-Net(救急ヘリ病院ネットワーク)
日本医科大学千葉北総病院
KDDI 法人・ビジネス向け導入事例 日本医科大学千葉北総病院様

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