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「あなただけが辛いんじゃない」 厳しい言葉、温かい眼差し。三度目の流産のショックから立ち直らせてくれた医師の言葉

「あなただけが辛いんじゃない」 厳しい言葉、温かい眼差し。三度目の流産のショックから立ち直らせてくれた医師の言葉 f:id:akasuguope02:20160224151054j:plain

入籍から1年がたった頃、はじめての妊娠が発覚しました。

その頃私は、寝る間もないほどに忙しく働いており、妊娠を知った時、正直戸惑いました。

しかも、自分たちの結婚式を1ヶ月後に控えており、準備で大忙しの時期でもありました。

「今抱えている企画はどうしよう…」「部署のみんなに迷惑をかけてしまう…」「子どもはもう少しキャリアを積んでから、と考えていたのに…」「結婚式は無事できるのかな…」と不安でいっぱいでした。

子どもができた喜びよりも仕事や結婚式を心配するなんて、今思えばとても自分本位の悩みです。

「自分が母になる」ということの覚悟ができていなかったのかもしれません。

でも日が経つにつれ次第に実感が湧いてきました。

予想外の妊娠でしたが、うれしさがこみ上げてきて、出産後の生活を想像すると一人でにんまりしてしまいました。

しかし、9週目を過ぎたあたりから、下腹部がドーンと重くなり始めたのです。

さらに数日後からは出血までしはじめました。

病院からは安静にとの指示がでました。

「出血していていても無事に出産した人は何人もいる」という先生の言葉が心の支えでした。

10週と1日目。

結婚式の1週間前でした。

下腹部の痛みはどうにも我慢できないほどになっていました。

経験したことのないぐらいの酷い痛みでした。

今思えば陣痛の痛みです。

出血もどんどん酷くなっています。

その日は朝から痛みに耐えていましたが、もうどうにも我慢できず、病院へ電話。

「すぐ来てください」とのことで、病院へ向かおうと立ち上がった瞬間のことでした。

ドバッと大量の出血。

めまいがして、意識が朦朧とする中で私は思いました。

「赤ちゃんが出てしまったんだ…」

すぐに夫が救急車を呼び、病院へ。

病院へついた時にはあの激しい痛みは和らいでいました。

先生から「残念ですが赤ちゃんは…」と言われました。

子宮内の残留物の処置がすぐに始まりましたが、これがとにかく痛くて悲鳴をあげてしまいました。

その悲鳴を聞いて夫は病室の外で一人オロオロしていたそうです。

処置の痛みや体力が少しずつ戻り、動けるようになったのは結婚式の1日前。

心も身体もボロボロで臨んだ結婚式。

しかし、大切な仲間や家族がこんなに私たちの幸せを願ってくれているのだからと、一生懸命気持ちを奮い立たせていました。

大変だったのはその後です。

何をしていても涙が出てくるのです。

もともと打たれ弱いわけではないのに「大丈夫」「普通に過ごそう」と思えば思うほど、心が言うことを聞かないのです。

はじめての経験でした。

だんだんと元気になってきた半年後、2回目の妊娠が発覚しました。

この時はほんとうに嬉しくて、一気に苦しみから開放された気分だったのを覚えています。

しかし、この妊娠も8週目で流産。

またどん底に突き落とされた私は、街中でベビーカーを連れている親子を見るのも、ランチタイムに同僚の子どもの話を聞くのも苦しくてたまりませんでした。

気づくとだんだん無口になっていました。

そしてそのまた9ヶ月後、3回目の妊娠。

この妊娠も流産に。

私は診察室で大泣きしてしまいました。

その時、ずっと私を担当してくれていた産婦人科の先生は、私をまっすぐ見てこういったのです。

「あなただけが辛いんじゃない」

「みんなが順調なわけじゃない。待合室を見てごらん。同じ思いをしている人が何人いることか。いや、もっと辛い思いをしている人もいる。」

慰めるわけでもない厳しい言葉。

でも、まっすぐ私を見た先生の目だけは温かかったのです。

先生のこの言葉と眼差しで目が覚めました。

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