【「本屋大賞2016」候補作紹介】『羊と鋼の森』――ピアノとピアノを巡る人びとの成長の物語

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【「本屋大賞2016」候補作紹介】『羊と鋼の森』――ピアノとピアノを巡る人びとの成長の物語

 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2016」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは宮下奈都著『羊と鋼の森』です。

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「目の前に大きな黒いピアノがあった。大きな、黒い、ピアノ、のはずだ。ピアノの蓋が開いていて、そばに男の人が立っていた。何も言えずにいる僕を、その人はちらりと見た。その人が鍵盤をいくつか叩くと、蓋の開いた森から、また木々の揺れる匂いがした。夜が少し進んだ。僕は十七歳だった」(本作より)

 高2の2学期、外村は体育館のピアノを調律する調律師・板鳥の鳴らすピアノの音を耳にしました。その瞬間、外村は森の匂いを感じます。外村とピアノが出会った瞬間。
このまま無事に高校を卒業して、なんとか就職口を見つけて生きていければいいと思っていた外村でしたが、この出会いをきっかけとし、高校卒業後、調律師養成のための専門学校に2年間通うことを決意。晴れて調律師となった外村は、板鳥のいる江藤楽器に就職することになります。

 江藤楽器にいる調律師には、板鳥の他に、7年先輩にあたり、趣味で行っているバンドではドラムを担当している気さくな柳と、音大のピアノ科の大学院まで出たものの、自分と一流のピアニストの奏でるピアノの音色が決定的に違うことに苦悩、ピアニストとしての道を諦め調律師の道へと進んだ、40代前半の秋野がいました。

 外村は、柳や秋野、そして板鳥が実際にお客さんのピアノの前で調律する様子を観察。さらには、さまざまな調律先のピアノとその弾き手との出会い、なかでも高校生の双子の姉妹・和音と由仁との関わりを通して多くのことを学んでいきます。

「板倉さんが鍵盤を鳴らし、耳を澄まし、また鍵盤を鳴らす。一音、一音、音の性質を調べるように耳を澄まし、チューニングハンマーをまわす。
 だんだん近づいてくる。何がかはわからない。心臓が高鳴る。何かとても大きなものが近づいてくる予感があった。
 なだらかな山が見えてくる。生まれ育った家から見えていた景色だ。普段は意識することもなくそこにあって、特に目を留めることもない山。だけど、嵐の通り過ぎた朝などに、妙に鮮やかに映ることがあった。山だと思っていたものに、いろいろなものが含まれているのだと突然知らされた。土があり、木があり、水が流れ、草が生え、動物がいて、風が吹いて。(中略)ピアノって、こんな音を出すんだったっけ。葉っぱから木へ、木から森へ、山へ。今にも音色になって、音楽になっていく、その様子が目に見えるようだった」(本作より)

 ピアノも弾けない、音感が特別いいわけでもない外村が、どのようにして森の匂いを立ち上げることのできる調律師へと育っていくのでしょうか。

「人にはひとりひとり生きる場所があるように、ピアノにも一台ずつふさわしい場所があるのだと思う」(本書より)

 ピアノとピアノを巡る人びとの成長の物語。穏やかな暖かさに満ちた一冊です。

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