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Appleの躍進を支えた「第4の男」を知っていますか?

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ライターBenny Luo氏が「NextShark」にまとめたのは、Appleの創業メンバーについて。とはいえ、メインはあのスティーブ・ジョブズでも、“ナンバー2”に該当するスティーブ・ウォズニアックでもありません。

この記事でスポットが当たっているのは、Paul Terrellという“第4の男”。実は彼の存在なくして、同社の圧倒的な成長はなかったと言われているのだとかーー。

ジョブズたちに伝えた
アドバイスが運命を変える…

きっと、ほとんどの人はPaul Terrellの存在を知らないはずです。

実は彼、テクノロジー分野におけるパイオニア。1975年12月、カリフォルニア州Mountain Viewに「The Byte Shop」という世界で初めてコンピューターを販売したお店をオープンさせた人物なのです。

開店から1年後、2人の「ハイテクオタク」がお店にやってきて、彼らが開発した新製品を店に置いてほしいと願い出ました。

製品とは、ユーザーが自分でコンピュータを組み立てられるキットのこと。その2人こそ、21歳のスティーブ・ジョブズと26歳のスティーブ・ウォズニアックだったのです。

今日のハイテク分野における「巨人」と言われる彼らも、当時はただの若いハングリーな起業家。Appleの第3の共同創設者であるロン・ウェインは、のちに「彼らは本当に野心家だった」と語っています。

しかし、Terrellはこの製品を販売しませんでした。なぜなら、キットは非常に魅力的ではあったものの、組み立てがネックになったから。

そこで彼は、2人にコンピュータを組み立てた状態で売るべきだと提案。そのシンプルな一言が、結果的に世界でもっとも革新的な企業の1つとなったAppleを作り上げることになろうとは。

Terrellは、コンピューターを組み立てた状態であれば、1台500ドルで50台注文すると、ジョブとウォズニアックに言いました。彼は当時をこう振り返ります。

「当時、スティーブ・ジョブズは非常に傲慢な人間でした。彼はプライドが高かったので、あまり他人の意見を聞こうとはしませんでしたね。

私が彼のためにしたことといえば、35ドルで回路基板だけを販売しようとしていたときに、そのすべてを組み立てて500ドルで販売するべきだと説得したこと。彼は私の意見になかなか耳を傾けませんでした」

ジョブズとウォズニアックは、コンピューターの組み立てに必要な部品を購入するお金を持っていませんでした。ウォズニアックの自伝によると、彼らは地元の銀行にお金を借りるために、こんな説明をしたそうです。

「私は自分のコンピュータ50台に対し、コンピューター販売店The Byte Shopからの注文書を持っています。あなたが私たちに30日間の条件で部品の費用を貸してくれるのであれば、その時間内でコンピューターを組み立て、販売店に提供し、返済することができます」

PCとして初めて認識された
『Apple II』の発売

The Byte Shopで666.66ドルで販売されたコンピューターが、Appleの成功の始まりでした。それは完全に組み立てられてはいましたが、電源やキーボード、そしてモニターが無かったため、使用することができないものでしたが…。

「ハイテクオタクだけに売るのではなく、コンピュータ一を実際に使ってみたいと思っている人に売れる装置を作らなければなりません」

Terrellのアドバイスを受け、ジョブズはひらめきます。おそらく世界初であろうオールインワンコンピューター『Apple II』を一般消費者とハイテクオタクをターゲットとして開発したのです。Terrellはこう言います。

「『Apple II』には、ケースや電源が付属していませんでした。でもそれはパーソナルコンピューターとして認識された初めてのものでした。

私はAppleが最初のパーソナルコンピューターを作り出したと信じており、その後、Exidyから『Tandy TRS-80』や『Commodore Pet』などのコンピューターが発売されたと考えています」

1981年、『Apple II』は1,298ドルで販売され、21万台もの売り上げを記録。これは、大量生産された最初のパーソナルコンピューターでした。1977年4月の「Byte」では、「『Apple II』は小売店で販売され、家に持ち帰り、プラグインして使用できる最初の完全なコンピューター」と記されています。

Terrellのシンプルな提案は、Appleにとって非常に重要なものとなりました。ジョブズは『Apple IIc』が販売された 1984年に、彼とウォズニアックを招待し、新製品をチェックしてもらうことに。

「彼らが、『Apple IIc』を開発したとき、Apple II Foreverをプログラムとして導入しました。ウォズニアックとジョブズはその新製品に対し私に意見を求めました。それはジョブズが私を最初に受け入れ、認めたとき。その時のウォズニアックの言葉と表情は今でも忘れません。

『あなたがコンピューターの組み立てを提案してくれなければ、このような形でコンピュータをテストすることはなかったでしょう』」

Terrellはこのように回想し、さらに続けます。

「ジョブズが亡くなったとき、私はウォズニアックにメールを送りました。葬儀について詳しく知りたいと思ったのです。葬儀に行くために、ベイエリアに行く予定であることも伝えました。

ウォズニアックは、『ポール、私も何が起こっているのかまだ分からない』と答えました。家族はまだ葬儀に関して何も発表していなかったからです。

そして、ウォズニアックは言いました。『私はいつもAppleの4人目の創始者はあなただと考えていました。あなたは私たちに本当に良いアドバイスを与えてくれ、それなくして、ここまでの成功はなかったでしょう。そのアドバイスは本当に大きな違いを生み出しました。本当に感謝しています」

「ジョブズは私と同様に
カリスマだった」

Terrellによると、ジョブズはリーダーとしての才能に長け、人を見抜く特別な能力を持っていたのだそう。

「ジョブズは、カリスマ。私も昔はそのような人物のひとりでした。私がプレゼンテーションをすると、本当に注目を集めることができましたからね。もし、あなたがそのような能力を持っているなら、それは本当に素晴らしいことです。

多くの人が「The Byte Shop」に共感し、私について来てくれました。ジョブズもまさに同じ能力を持っていました。会社を成功させるにはやる気のある人材を獲得する必要がありますからね。製品とビジネス、そして、あなたのために仕事をしたいという共感を集められる人間だったのです。

当時、私たちには十分な資金がありませんでした。真面目に仕事をしている人に対して、この不安定な仕事に共感し、一緒に仕事をしてもらうようにするのかが重要なのです。そしてジョブスは、自分がしていることの重要性を他人に信じさせることができました。

ウォズニアックは、これらの特性を持っていませんでした。彼はそのような種類の人間ではなかったのです。彼は、非常に知的でより個人志向。わずかな情報だけで、完璧に何かを作り上げることができる重要な人物でした」

Terrellは、別名「シリコンバレーの市長」と呼ばれる、インテルの創業者ロバート・ノイスと関係がありました。だから、発展していくハイテク企業の創業者が直面する問題について彼と話をすることができたのです。これはノイスの弁。

「新しく起業するためには、何が必要かを話してみたかったのです。たとえMicrosoftやAppleであっても、企業が成長していく中で、会社を売る必要があるかもしれません。重要なことは、会社を次の人に引き継ぎ、次のレベルでの成功を収めるような段階まで持っていく能力があるかどうか。

MicrosoftはJon Shirleyを最高責任者に任命しました。企業は、会社を次のレベルまで引き上げてくれる人は誰なのか、そしてどのようにそれを行うのかということを発見しようとしていたのです。

現在、ビジネスは成長しており、世界は変化しています。私はそれらの企業どちらも良い手段をとっていると考えています。MicrosoftやAppleは新しい人物を雇いました。私たちは、スティーブ・ジョブズが存在しないことや、ビル・ゲイツが後ろにいることを心配する必要はありません。彼らのことは忘れて、新しいものを取り入れましょう」

「どんなステージであろうと
販売に集中すべき」

Appleの歴史において、重要な人物であるTerrell。でも彼は、自分はただコンピューターを扱う人にすぎないと述べています。

「私は本当にコンピューターのための男。Androidのスマートフォンを使っており、Macを受け入れていません。ずっと、インテルのコンピューターを使ってきました。それこそ、私がジョブズやウォズニアックと長期的に連絡を取っていない理由だと思います。私は、ゲイツ側の人間なのです」

現在、彼は引退し、本の執筆を楽しんでいます。その本のテーマについて、彼は以下のように語りました。

「何かを始めるにあたって必要なことすべてをまとめました。たとえ、いろいろなアイデアがあったとしても、販売されるまでは何も起こりません。彼らがAppleとしてビジネスを始め、私はそれを買いました。その販売こそが、始まりだったのです。

人々が真剣にビジネスとスタートアップの成功について考えるとします。どの段階にいようと、販売に集中しなければなりません。『誰がこの製品を買うのだろうか?』『どのように使うのか?』ということを真剣に考えていない企業や製品は多い。でも、私は人生においてずっと『販売』をしてきました。そのメッセージこそが重要なものだと思うのです」

またTerrellは、いつか叶うかもしれない最後の願いをAppleに期待しています。

「私はティム・クックに感動しました。私は彼に会ったことがありませんし、まったく知りません。でも、今望んでいることは、長生きをし、クパチーノにある新しい拠点に招待してもらうことです」

きっと、Appleがいつかその願いを叶えるときがくるでしょう。

Licensed material used with permission by NextShark

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