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「実家に居場所がない」と感じた日もあったけど…やっぱり里帰りしてよかった!

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私が里帰り出産のために、京都から実家のある鹿児島へ帰省したのは、34週のときでした。

妊娠9ヶ月、妊娠中に飛行機で長距離を移動して良いとされている、ぎりぎりの日程での帰省でした。

実家に帰った翌日には、出産予定の産婦人科で診察をしてもらったのですが、診てもらった結果、胎児が小さめということで、その日から絶対安静の指示がありました。

その指示は結局出産するまで解かれることはありませんでしたので、帰省から出産までの日々は、主に家の中にいて布団に横になっていました。

ただ、両親ともに仕事を持っているうえ、何も家のことをしないということが出来ない性分でしたので、洗濯程度の家事は自分の役目と思ってしていました。

両親は娘の帰省を喜んでくれ、私の身体を労り、あたたかく見守ってくれていたので、とても居心地よく過ごしました。

ただ、出産予定日が近づいても兆候が一切見られなかった時に、自分の中で焦りが出てきてしまい、そんな時に父が

「いいよいいよ、ゆっくりでいいんだよ」

と、今思えば明らかに私を励まして言ってくれた発言だったのですが、それが私のプレッシャーを煽って余計に神経質になってしまい、父との関係がギクシャクとしてしまいました。

無事に出産をして退院までの間には、里帰り出産ならではだと思うのですが、親類が次々とお祝いに来てくれました。

とても嬉しくありがたいなと思うと同時に、お祝いの賑やかさが続くと、出産直後の身には疲れを感じることもありました。

退院後の実家での生活は、実はかなりきついものがありました。

それは、自分自身が産後、精神的に不安定になってしまったのも大きな要因です。

小さなわが子を目の前にして、

「この子をこれから責任をもって育てていかなければならない」

という思いがプレッシャーとしてのしかかり、不安感や焦燥感がとても強くなってしまったのです。

そんな中で、父との関係がより一層ギクシャクしてしまいました。

私がプレッシャーで神経質になっていたのに、父の言動がどれもこれも無責任でのんきなものに思えたからです。

例えば、酔っぱらった父が、孫かわいさに、寝ている子どものそばに行って離れようとしなかったり。

こちらが泣く子どもを一生懸命あやしている時に

「泣け泣け、赤ちゃんは泣くのが仕事なんだから」

といった発言をしていたことなどがあげられます。

そんな父に対して、私はまさに反抗期のような接し方をしていました。

基本的に母とは仲が良く、育児のサポートもしてくれて本当に心強く感じていましたが、父に対してあたりが強く、つんつんとしてしまっている私の様子を見て、時々母も私のことを腫れ物に触るように接していた気がします。

そんな時は、実家の中に居場所が無いような気がして、早く家に帰りたいと切に思っていました。

里帰り出産も終わりの時期になると、

「もし次の子が生まれるとしても里帰り出産したくない」

と思っていましたし、父親にもそのように言ったりしていました。

ですが、自宅に戻ってから親のサポートなしで育児をしていると、大変なことがたくさんあって

「自分をここまで育ててくれた両親はすごいな」

という思いが強くなりました。

両親との関係もその後すぐに良好に戻り、子どもと会うのをとても楽しみにしてくれていることを私自身大変嬉しく思っています。

今では、両親が喜んで上の子の相手をしてくれるなら、次に出産の機会がある時も里帰り出産いいな、なんて思っています。

著者:rui

年齢:32歳

子どもの年齢:1歳3か月

京都在住、1歳の男の子をもつ母です。出産直前に京都へ引越してきたため、知り合いがいない中、日々育児に奮闘中です。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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