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米大統領欺き北方四島をソ連に投げ与えた伝説的スパイの手法

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 日本の戦後史はスパイによって作られた歴史でもあった──終戦から70年以上を経て、貴重な歴史資料が次々に「秘密解除」となっている。そこから衝撃の事実が浮かび上がってきた。戦後史家・有馬哲夫氏が新たに公開された機密文書から戦後秘史を読み解く『SAPIO』の連載から、今回は北方領土をソ連(ロシア)に売り渡した男を綴る。

 * * *
 去年の5月19日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、「北方領土は第二次世界大戦の結果、戦勝国ソ連の領土となった」と発言した。もちろん、これは純然たるプロパガンダだ。ソ連は、先の戦争のあとに、一方的に北方領土(南樺太、北方四島を含む千島列島)を不法占拠したが、それができたのは、ハリー・S・トルーマン米大統領が傍観したからだ。

 なぜ米国がそうしたのか。大きな要因は米国務省内のソ連のスパイの一人アルジャー・ヒスの工作が功を奏したことにある。簡単にいうなら、ヒスが前代のフランクリン・ルーズヴェルト大統領を欺いて、北方四島(アメリカ側の呼称は南千島)をソ連に投げ与えさせたのだ。

 以下では、そもそもヒスとはどんなスパイだったのか、北方四島を巡る米ソ間の密約においてどのような役割を果たしたのかを明らかにしよう。

 1950年に米国で吹き荒れたマッカーシズム(*注)のなかで国務省の高官ヒスはソ連のスパイとしてやり玉に挙げられた。彼は「非米活動調査委員会」に喚問され、そこで共産主義のスパイだったことを否定したことに対する偽証の罪で懲役5年の刑を受けたが、実際にスパイだったかどうかは疑問視されていた。

【*注:米国で起きた反共産主義運動。共産主義者とみなされた者に対し攻撃・追放が行われた】

 ところが、1990年代にソ連側の機密文書などに基づきKGBなどの研究が進められた結果、実際にヒスは1930年代にソ連側にリクルートされたスパイだったことが分かった。いまでは機密文書の公開によってヒスをはじめとして多数のソ連のスパイが米政府官僚として働いていたことが立証されつつある。

 米メリーランド州ボルチモアで生まれたヒスはハーヴァード大学法科大学院出身の弁護士だった。やがてヒスは、共産思想に傾倒しソビエト連邦軍(赤軍)参謀第四部のボリス・バザロフからスパイにリクルートされる。1933年、ソ連に流すための米政府の情報を得るため、それまで高給を得ていた弁護士の職を離れる。いくつかの公社勤務を経たのち、さらなる情報を得ようと1936年に国務省に入った。

 ヒスは国務省内で順調に出世し、1944年には国務省特殊政治問題局長になり、翌年の2月に開催されたヤルタ会議の準備を担当した。米国はよりにもよってソ連のスパイに戦後秩序を決める首脳会談を取り仕切らせてしまったのだ。

◆大統領に届かなかった勧告書

 ヒスは北方四島にかかわる密約の協議においてなにをしたのだろうか。「ヤルタ極東密約」、つまり、対日参戦と引き換えにソ連に南樺太、千島列島、満州での利権を与える約束は、会議前年の1944年の12月14日にモスクワでヨシフ・スターリンと駐ソ米国大使アヴェレル・ハリマンの間で協議され、翌日に文書化されていた。

 これに対し米国務省内部から、「北方四島は歴史的にも住民の居住実態からも北海道の一部とみなし、ソ連に引き渡す範囲から除くべき」とする異論が出された。それは12月28日にルーズヴェルト大統領に対する勧告書としてまとめられた。

 ところが、上院外交委員会の有力者、カール・マント上院議員のチームが1955年に外交記録を調査したところ、ヤルタ会議中およびそれ以前に、ルーズヴェルト大統領がこの勧告書を読んだ形跡を見つけることができなかった。

 事実、「ヤルタ会議文書」に入っている文書すべてに目を通してみても、国務省の件の勧告書およびその内容に関する言及は見られない。にもかかわらず、『米国外交文書集』のなかには、この勧告書はヤルタ会議前に行われた会議の文書の一つとして収められている。

 つまり、この勧告書は、事前ないしはヤルタ会議の場で参照されるべき文書の中に含まれていなかったために、ルーズヴェルトの目に触れることなく、葬り去られてしまったのだ。  こうして、米国務省が「北海道の一部である」と結論づけた北方四島は、ソ連に引き渡す範囲に含まれてしまった。ルーズヴェルトの後を引き継いだトルーマンは、日本を降伏に追い込もうと原爆を投下したが、ソ連は予定を切り上げて日本の降伏前に参戦を果たした。

 戦争が終わったばかりの時にソ連とことを構えたくなかったトルーマンは、ソ連が北方領土を火事場泥棒的に奪うのを傍観した。その後、ヤルタ極東密約は51年に米議会で破棄されソ連の北方領土に対する主張は根拠を失った。

 北方領土は、戦争の結果ではなく、ヒスの工作によってかすめ取られたのだ。ソ連側の機密文書から明らかになったヒスの工作と不当性をラブロフ、およびロシアが認識していないはずはない。にもかかわらず、彼らは強欲にも北方四島を手放そうとしない。

【Profile】
■アルジャー・ヒス/1904年生まれ。米国の弁護士・元政府高官。米国務省職員として外交政策に携わり1945年のヤルタ会議を取り仕切った。1996年11月15日死去。

■ありま・てつお/戦後史家。早稲田大学社会科学部・大学院社会科学研究科教授(メディア論)。著書に『歴史とプロパガンダ』(PHP研究所)、『原発・正力・CIA』(新潮新書)など。

※SAPIO2016年3月号


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