体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

【クリエイティブは努力と経験から】大ヒットCMを手掛けるクリエイターの「着眼」と「発想の源」

【クリエイティブは努力と経験から】大ヒットCMを手掛けるクリエイターの「着眼」と「発想の源」

「トントントントン、ヒノノニトン」のフレーズが耳に残る日野自動車のCM、スーモくんが活躍する、リクルート住まいカンパニー「SUUMO」のCM――これらを作ったのは、ヒットメーカーとして知られるクリエイティブディレクター・横澤宏一郎さんだ。人々の心に残るCMは、どんなきっかけで、どんな着眼で、生み出されるものなのだろうか?横澤さんの経歴やキャリア観を伺いながら、彼ならではの発想力、着眼力を探った。

f:id:itorikoitoriko:20160215134157j:plain

株式会社タンバリン クリエイティブディレクター・CEO

横澤宏一郎さん

1995年博報堂入社。セールスプロモーションを経て、99年にクリエイティブ部門に異動し、クリエイティブディレクター、CMプランナーとして活躍。2009年からコミュニケーションデザイン・ブティック、タンバリンに参加。TCC賞、ACC賞、アドフェスト、08年クリエイター・オブ・ザ・イヤー審査員特別賞、2010年同メダリストなどを受賞。

「やれる、やれないではなく、やりたいか、やりたくないかだ」の言葉に突き動かされ、クリエイターの道を進むと決意

横澤さんは話題のCMを数々手掛けている、今をときめくトップクリエイターだ。しかし、博報堂に新卒入社した当初はクリエイティブ畑ではなく、SP(セールスプロモーション)担当だったという。

f:id:itorikoitoriko:20160215134159j:plain

高校時代にたまたま観たCMが面白くて、「こんなCMを作る仕事に就きたい」と広告代理店への就職を志望。大学卒業後は、希望通り博報堂に入社しました。

しかし、憧れて入った業界にもかかわらず、当時の僕は「自分はクリエイターの器ではない」と思い込んでいました。その頃、あるベテラン俳優がTVか何かのインタビューで「世界で一番悲しいのは、才能がないのに努力している奴だ」と話しているのを見て、「まさしく俺のことだ…」と落ち込んでしまって。

そこで、クリエイターではないけれど、興味があったクライアントの販売促進などを手掛けるSP部門に手を挙げました。

でも、徐々に「自分がやりたいのはクリエイティブじゃなかったのか?」と自問自答するように。ちょうどその頃、東大出身のプロ野球選手がインタビューで語っていた「やれる、やれないではなく、やりたいか、やりたくないかだ」という言葉を耳にして、「やっぱりクリエイティブがやりたい!やりたいならばチャレンジすべきだ!」と思い直したんです。

社内営業など地道な努力を続け、「アイディアが発揮できる仕事」で少しずつ実績を積み上げる

「2人の著名人のセリフ」に翻弄された感のある新人時代。社内試験を受け、念願かなって異動が実現したのは、入社4年後の1999年のことだった。

f:id:itorikoitoriko:20160215134158j:plain

でも、当初は仕事がうまくいきませんでした。テーマが堅く、自分のアイディアが発揮しにくい案件ばかりだったんです。当時の自分は「同期入社のクリエイターからすでに4年おくれを取っている」ことに焦っていました。腹決めして飛び込んだからには、早く実績を上げたいと思っていたので、うまくいかない案件から逃げていたら、当然のことながら仕事がなくなりました(笑)。

ヒマな時間を使って、会議室にこもり、名作CM集をひたすら見続けました。日本のCMだけでなく、海外のCMもライブラリにたくさんあったので片っ端から見ましたね。そして、「このCMのどこに面白さを感じたのだろう?」と一つひとつ分析し、ひたすらノートに書き出していくという地味な作業を続けたのですが、その過程で「面白いと感じるCMの法則」が見えてくるようになったんです。既存のものを、別の視点から捉え直すデコンストラクションという手法ですが、これが後々のCM制作に大きく活きることになります。

その後、「アイディアを発揮できる仕事」を得るために横澤さんが行ったのは、「小さくても面白い仕事」の実績を少しずつ増やすこと。それが営業やクリエイティブディレクターの目に留まり、「こいつ面白いことやってるじゃん、今度のプロジェクトに呼んでみよう」と思ってもらえれば、その仕事がまた次の面白い仕事を呼び、好循環が生まれるからだ。

初めは、本当に地道な行動から始めました。CMは新入りにはいきなり任せにくい。だから「まずはポスター作らせて下さい!」とお願いし、徐々に大きな仕事へとつなげました。「自分で回せる案件が欲しい」と思っている血気盛んな若手の営業を取り込んで「一緒に新しい企画を仕掛けようぜ」などとそそのかし(笑)、仕事をもらったことも。どんな小さな案件でも、手掛ければ“自分の実績”になります。こうして少しずつ実績を積み上げていきました。

その後やったのは、社内の営業担当への「営業」。営業のオフィスがあるフロアを上から順に全部回って自分の作品集を配り、知っている顔がいたら「最近何やっているんですか?」と世間話をする。そして、まだクリエイティブ担当が決まっていない案件があったら「僕にやらせて下さい!」とすかさず立候補しました。

広告業界誌にも売り込みに行きましたね。小さくても、これぞという作品が作れたら、すかさず編集部に持参。郵送で送るとそのまま放置される可能性が高いけれど、自分で持っていけば顔見知りになれるので、どの作品を掲載しようか迷った時に「横澤さんの載せとく?」ってなりやすいじゃないですか。今考えると、よくここまでやったなあと自分でも思いますが、それだけ4年間のおくれを取っていることへの危機感が強かったんです。

1 2次のページ
リクナビNEXTジャーナルの記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。