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業務ではコードを1行も書いたことがない元人事が、プログラマとして独り立ちするまで──

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エンジニア採用が転機になって、自らエンジニアを目指す

「教育で世界をよくする」を企業理念に掲げ、2006年に創業したヒトメディア。教育分野や異文化領域に対するインキュベーション事業を行っており、大学入試の出願システムの開発や、投資先・提携先の新規事業の立ち上げ、人材提供、海外提携などのサポートなど幅広く行っている。

そのヒトメディアに昨年(2015年)1月、一人の女性が中途入社した。当時はまだヒトメディア全体でもエンジニアの数は10名ほど。エンジニア採用においては即戦力採用が基本のため、経験者を優先するのが普通だが、同社が採用したのは異業種どころか、全くの畑違いの営業・採用担当者で、エンジニアですらなかった。独学でプログラミングを学んでいるとはいうものの、業務でコードを書いたことがない全くの“未経験者”だったのだ。

「大学卒業後、入社した大手人材会社では営業を経験、その後は人材採用を担当していました。当時の採用ターゲットの一つがITエンジニア。自社の新規事業をWebサービスとして展開する必要があり、エンジニア採用に乗り出したときだったんです」と振り返るのは、佐野まどかさん(26歳)だ。

▲株式会社ヒトメディア CTO Div. 佐野まどかさん

プログラミング研修で自身がプログラミングにはまる

大学は人文系学部で、それまでコンピュータ・プログラミングなど学んだことはない。エンジニアという職種には、「やっている私が言うのもですが、バリバリ理系の人、よく勉強している、でもコミュニケーションに不安」という漠然としたイメージを抱くだけだった。

ただ、自社でエンジニアを採用するとなると、エンジニアがどういう仕事をしているのかを、まず理解しなくてはならない。なにより彼らが日々仕事で何を考えているのかを、知らなければならない。

会社が用意してくれたオンラインのプログラミング研修を業務時間後に受講することになった。まずはHTML、CSS、PHPから着手。「スマートフォンユーザーとエンジニアをつなぐコミュニティサイトの構築」をとりあえず自身の研修テーマにすえ、2カ月間の猛特訓が続いた。

「2カ月の研修はあっという間でした。基礎の基礎を身につけることはできたけれど、もの足りない。もっと深いところを知りたい。その後も、グループ企業のエンジニアなどに教えを乞いながら、一人で勉強していました。そうなんです。私自身がプログラミングにハマっちゃったんです」

作りたいものがある。そのためにコードを1行1行積み上げていく。当然、つまずきもある。バグもある。人に聞き、自分でも試行錯誤を重ねて乗り越えていく。やがてコードが正常に動き出す──そうした作業の繰り返しに次第に「快感を覚える」ようになったのだ。

さらに佐野さんは、「どういうふうに課題解決をすればいいのか。ロジックを考えて、環境を整えて、実行する。そういう課題解決型の仕事って、結構自分に合っているかも」と、自分の中に潜在していた職業適性にも気づくようになる。

まさにミイラ取りがミイラになる、とはこのことだった。

未経験だけど、プログラマになりたい

「人材採用の仕事は楽しかったけれど、結局、何人採用できたかという数字に帰着するところがある。数字を残すだけでなく、生きたサービスとして持続していくものを作る仕事。そちらのほうが面白いかと思い始めました」

未経験だが、自分をエンジニアとして採用してくれる企業はないか。佐野さんは転職先を探し始めた。とはいえ、未経験者を採用してくれる企業は少ないのが現実だった。

「Web系の自社サービスを立ち上げている企業はたくさんありますが、すでに出来上がったサービスだと、自分はたとえ入社しても一部しか担当できないかもしれない。それよりも、受託開発をメインにしていて、しかも新規案件を受けて開発しているような会社。要件定義から運用まで一通りを経験したい」

「もしやお間違えではないですか」という問合わせに、情熱の返信メール

未経験にしては大胆な転職戦略ではあった。とある転職サイトに掲載されていたヒトメディアの募集要項に琴線に触れるものがあった。

「いろいろなサービスを展開していて、一見とらえどころないように見えるが、実は会社の戦略はしっかりしている。しかも受託開発の仕事があるようだ」

佐野さんからの応募メールを読んだのは、社長室の小山清和氏だ。複数のWeb系企業の人事を経験し、業界における人材採用事情をよく知っている。

「最初は、応募間違いだろうと思ったんですよ。当時の当社の募集要項にも“未経験可”、もしくは“未経験歓迎”とも書いていない。別の職種と間違って応募してしまったのかと」

「もしや、職種をお間違えではないですか?」と、確認のメールを返すと、「あくまでもエンジニアになりたいんです。会うだけでも会っていただけませんか」と切々たる思いのメールが届いた。そのメールは今もサイトの管理画面で確認することができる。

「佐野さんの前職は大手人材系企業で、しかもそこで、営業を経て人事を担当している。しっかりとしたキャリアを積んでいるにも関わらず、それを投げ捨ててまで、プログラマになりたいって、どういう人なんだろう。とりあえず会ってみるか」と、小山氏の興味は動いた。

▲株式会社ヒトメディア CEO Div. HRTeam Leader 小山清和さん

一方の佐野さんのほうは、「あわよくばとは思っていましたが、まさか面接に呼ばれるなんてびっくり。でも、自分の退路は断っている。前に進むしかない」と不退転の決意で面接に臨むことになる。

実際、面接すると小山氏は「この人は単なる思いつきで言っているのではない。肝が据わっている。この人ならいけるかもしれない」と感じた。

当時、ヒトメディアの採用は全く順調ではなかった。そういった背景もあり、基本は経験者の採用を進めていたものの、CTOからは「育成枠」として、経験の浅いメンバーも採用したいというニーズもあった。この人であれば会ってもらう価値は十分にあると思い、CTOとの面接を設定することにした。

「彼女の中には未知の分野に飛び込む覚悟と、不思議な自信がやどっていました。もちろん、現時点でのスキルがとてもプロとは言えないという自覚もあり、その点は素直で謙虚。これは佐野に限ったことではないんですが、スキルがどうこうよりも、素直さや謙虚さといった部分が感じられる人材のほうが、入社後は伸びしろが大きいと思います」

入社8カ月目に常駐経験。一人でやりきることで自信が生まれた

入社後1年経ったが、佐野さんの成長ぶりは自他共に認めるものだった。入社早々からコードに触れ、サーバーメンテナンスも経験。転職者向けの手厚い教育研修はまるでなく、むしろ「放任主義」だったが、それが彼女の自立を促した。

現在は、CTOディビジョンと呼ばれる、投資先・提携先のスタートアップのサービス立ち上げの仕事に関わる。

「スタートアップって、エンジニアが少ない、もしくは自社にいないというところが多い。サービスをWebに実装し早く動かしたくてもなかなか手が足りない。そこを私たちが支援するんです」

海外向けのサービス、Skypeを通しての英会話レッスンを提供するサービスなどいくつもの案件を抱える。世界中のコスプレイヤーが写真を投稿するサイト「Ample!」も、佐野さんが関わった案件の一つだ。

「Skype英会話の会社には入社 8カ月目にエンジニアとして常駐。海外のエンジニアと英語でメールしながら、新機能の追加やユーザー管理プログラムのメンテナンスなどをやりました。夢中でしたけれど、ふと気づくと、自分にだいぶ知識がついてきたと小さな自信が湧くようになりました」

PHPがメインスキルではあるが、今は個人的にRuby on Railsにも触れたり、Androidのアプリを書いたりもしている。技術吸収意欲はきわめて高い人のようだ。

プロジェクト・マネージャーとしてスタートアップを支える

エンジニアとしてのスタートを、あえて受託開発という現場で始めた佐野さん。

「受託といっても、単に仕様書通りに作って納品するのではなくて、提携先企業の新しい事業を当社も一緒になって作り上げるという姿勢が私たちにはあります。企画・開発・運用の全体に関われるから面白いですね。時には、クライアント企業に求められる以上に、『こうしたほうがいいんじゃないですか!?』とおせっかいしてしまうこともあるんですが……」と笑う。

その“お節介精神”が評価されてか、プログラマとしてだけでなく、最近は「プロジェクト・マネージャーとして関わってほしい」と要請されることも増えてきた。

「開発をコントロールする人がいないことで、開発そのものが止まっていたりするスタートアップもありますからね」

業務未経験からプログラマへ、さらに一足飛びでPMへ。わずか1年で人はこうも成長するものか。佐野さんの活躍は、ヒトメディアの採用戦略にも影響を与えている。

「昨年は1名、2016年1月にも、未経験者をエンジニアとして採用しました。特に先日入社したメンバーは女性、かつ経歴が佐野と似ている(人事経験者)こともあってか、1年前に佐野が入社してきた時の事を思い出します。既にそのメンバーは複数のエンジニアを巻き込んでSwiftの勉強会を社内で主催するなど、積極的です。もう一人のメンバーを含めて、『未経験者』がヒトメディアに新しい風を吹き込んでいるように感じています」と、小山氏は語る。

自分との適性を最重視して仕事をえらび直した佐野さんには、まず未練を断ち切る覚悟と旺盛な吸収力があった。なによりも前にまっすぐ突き進む姿勢が、採用担当者をはじめ多くの人の共感を呼び寄せた──未経験不可の扉をこじあけるヒントが、彼女の転職ストーリーには込められている。

(執筆:広重隆樹 撮影:設楽政浩)

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