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写真をめぐる謎と再生の物語〜三上延『江ノ島西浦写真店』

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 白黒写真からカラー写真へ。フィルムカメラからデジタルカメラへ。そして、簡単に加工できる機能の導入へ。技術が革新されるたび、写真はどんどん手軽なものとなった(フィルムは貴重なものだからと、カメラの前に立つときは常に緊張感があったことを、現代の若者は理解できないだろう)。主人公・桂木繭の祖母で写真館を営んでいた富士子が言ったように、「自分が見たきれいなものを、そのまま残しておける」という感覚は薄れてきていると思う。そんな現代において、人が写真を撮ることの意味をこの作品は突きつけてくる。

 繭が富士子の遺品整理のために江ノ島西浦写真館を訪れるところから物語は始まる。大好きだった祖母が住んでいた家だったのに、そして一時は写真にのめり込んでいたのに、繭はできればここへ来たくなかった。一緒に片付けをする予定だった頼みの綱の母・奈々美が直前になって「仕事で行かれない」という連絡を寄越し、繭の憂鬱はより深まる。しかたなくひとりで写真館に足を踏み入れた彼女は、そこで「未渡し写真」と蓋に紙の貼られた四角い缶を見つけた。そこに保管されていたのは、同じ場所と構図で撮られた4枚の写真。違っているのは撮影された時代と写り込んでいる男の服装。しかし、顔立ちは驚くほど似ている。いったいそれぞれの写真に写っているのは同一人物なのか、それとも別人なのか。

 困惑する繭の前に現れたのは、4枚の写真の中でいちばん新しいものに写っていた真鳥秋孝。二番目に新しい写真が父、三番目に新しい写真が祖父のものだと語る秋孝はしかし、いちばん古い写真の人物が誰だかわからないと打ち明ける。その謎を解いた繭に、秋孝は遺品整理を手伝うと申し出て…。

 本書は、ある事件をきっかけにそれまで愛していたカメラを手に取ることができなくなった繭と彼女を取り巻く人々の再生の物語だ。繭も、秋孝も、繭の幼なじみだった琉衣も、写真によって心に傷を負った。写真は時に言葉よりも雄弁な凶器となり得る。しかし、彼らの心を癒やすきっかけとなるのもまた写真だった。写真は、過去の一瞬を切り取っていつまでも残すことができるもの。加工や修正を加えようとも、それを撮ったり撮られたりしたときの思いまで消し去ることはできない。その事実は事実として、過去の自分を受け入れ、乗り越えていく強さを彼らは手に入れたのだ。

 三上延氏は、大人気シリーズ〈ビブリア古書堂〉シリーズの著者でもある。個人的にも続刊を楽しみにしているシリーズで、「江ノ島なら鎌倉と近いなあ」と思いながら本書を読んでいた(いずれも魅力的な謎が似合う土地柄であるし。繭の大学の先輩・晶穂の言う「絶対に話を聞いてくれる、地元の友達」ってあの人だよな…)。あと下世話な話で恐縮だが、繭は背が高くて首から下は性別がはっきりしない体型とのこと。〈ビブリア〉の主人公・栞子さんと違う(栞子さんは小柄で巨○)!

(松井ゆかり)

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