ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

元夫逮捕でも女性はみんな元妻・清原亜希支持の理由

DATE:
  • ガジェット通信を≫

 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、元夫の逮捕騒動の中、その元妻にエールを送る。

 * * *
「容疑者」と呼ばれる元夫には及ばないものの、検索ワードとして急上昇したのがモデルの清原亜希である。

 そんな彼女がなぜ離婚後も清原姓で仕事をしていたのかについては、一部で「したたか」との見方がある。清原ブランドを利用して、仕事をしていたというのだが、私はそうは思わない。離婚理由の一つに、薬物疑惑報道もあったのだから、姓を変えるチャンスはそのとき確実にあったハズ。それでも清原姓を名乗り続けたのには、夫の姓であるというだけでなく、自ら築き上げた思い入れのある名前だからという認識が清原亜希にはあったのではないか。

 10代でミス・セブンティーンに選ばれ、あの工藤静香らと共に「セブンティーンクラブ」なるアイドルグループのセンターをつとめていた少女・木村亜希(旧姓)。同グループを経て、工藤静香はおニャン子クラブで人気を博し、ソロとなり、90年代、一世を風靡する超人気歌手となったことはみなさんもご存知のとおりだ。

 が、木村亜希は別のアイドルグループに加入するも、そこでも売れることはなかったのである。そんな彼女が「清原亜希」として全国区となったのは、アラフォーの美魔女読者に愛される『STORY』(光文社刊)のカバーモデルになってから。まさに彼女が40才台となる08年のことだった。

 とてもよく憶えている。『JJ』の超人気モデルだった黒田知永子(旧姓・樫本)が30代の美しいママをターゲットにした『VERY』創刊と同時に専属モデルとして復帰。そこで同年代の読者の圧倒的な支持を集め、同誌の初期読者と共に黒田が年を重ねたタイミングで創刊された『STORY』にスライド。タレントとして『笑っていいとも!』(フジテレビ系)にレギュラー出演するほどまで登り詰めた。

 読者に「チコさん」のニックネームで愛され、表紙のみならず広告やタイアップページにまで顔を出し、絶大なる影響力を誇っていた黒田の『STORY』卒業後に代わって登場したのが清原亜希だったのである。

 読者にとっては、「は? どなた?」だったと思う。

 80年代、女子大生ブームの最中にJJモデルをしていて、東京生まれで成城大学卒で、その後、専業主婦をしていた黒田は、そのプロフィール含めて読者の等身大であり、同時に憧れだったのである。

 が、清原亜希は地方生まれの売れないアイドル出身。しかも夫は、女性にはそう人気があったタイプではないプロ野球選手。夫の職業は大事な大事なファクターだけれど、それよりも自分のブランドのほうを大切にしてきた元JJガールたちの多くは、「三浦りさ子(キングカズの妻)や生田智子(ゴン中山の妻)ならわかるけれど…」という反応だったと聞く。

 というワケで、多くの読者に「ヨソ者が来た」と少なからず落胆させた清原亜希だったが、そこから彼女は自らのファッションセンスやライフスタイルを小出しにしながら人気主婦モデルになっていくのだ。

 彼女の“愛される人柄”というのも読者に支持される一因だったようだ。

 息子さんたちの“お受験”に成功してからは、後輩ママたちから羨望の眼差しで見られるようにもなった。

 が、それを誌面やメディアでひけらかすようなことはなかった。名前は「清原亜希」ではあるが、彼女は驚くほど仕事で夫に頼っていなかった。それは、アイドルとして苦労してきたからかもしれないし、プロ野球選手という職業が、ずっと安泰だと言えないことを彼女はよくわかっていたのだろう。

 かと言って、夫を軽んじていたわけでは決してなくて、プロ野球選手の夫を尊敬し、夫を支えていたことは間違いない。

 以前、清原亜希が、ご近所さんでもあり、ママ友でもある高嶋ちさ子、白城あやか(中山秀征の妻で元タカラジェンヌ)と共に『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演したことがある。

 このとき3人が、それぞれの夫について語る際、高嶋と白城が“清原和博”をやや小馬鹿にするような話しっぷりだったのが印象的だった。それを受けて「そうそう、その通り」と余裕の笑みを浮かべた清原亜希に、あぁ、この人は幸せなのだと思ったものだ。

 離婚後も、懸命に仕事をして2人の子供さんを育てていたし、元夫は、その子供たちと月に数回会うことを生きがいにしていた。

 その機会を奪うことなく、しかし自分は元夫と“距離”を置いてきた清原亜希。その言動と判断に対し、世間は驚くほど静かな反応であり、所属事務所から発表された「子供を守るので精一杯」というコメントに対しても、批判めいた声は皆無といっていい。

 所属事務所を検索してみたら、数名の所属モデルらにも複数の“ママ”がいて、清原亜希よりも年下と思われる少数の女性スタッフにも子供さんがいることがわかった。

 小さな子供をもつママたちが周りに多く居る清原亜希にとって、彼女たちとの会話の中にこそ“リアル”があるようだ。

 だから今回、意地悪なツッコミをする人も少なければ、清原亜希を批判する声もほとんどない。彼女のインスタグラムには、元夫逮捕の報道の翌々朝の時点で1000件以上の応援メッセージが届いていた。

 それは彼女の“人柄”と、母としての“在り方”、そして『STORY』のカバーモデルになってから以降の“努力”に対してのものに他ならない。

「清原亜希」というモデル名とブランドは、彼女が地道に作り上げてきたものであり、離婚したり、元夫が逮捕されたりしても、だからといって、それは手放す理由にはならないのだ。

 スポンサーや代理店から「イメージが悪い」とかいう声は、いずれ上がってくるのだろう。しかし、それは彼女の頑張りを知らない人たちかもしれない。『STORY』登場以降の「モデル・清原亜希」を支持している女性たちの多くは“味方”。清原亜希には「“清原”亜希のままで」と願っているに違いない。

 そう、「清原亜希」は、彼女が公私にわたって守ってきた名前なのだ。5日に発表されたコメントも、まず謝罪から入り、「いま、私にできることは多くありませんが…」とし、元夫を切り捨てるような内容では決してなかった。そして、最後に記されていたのは「清原亜希」の名前。今後も、この名前で堂々と仕事をしてほしいと思う。


(NEWSポストセブン)記事関連リンク
妻が出て行き清原和博邸がゴミ屋敷化 銀座ママ宅に入り浸り
清原亜希 「子供達のため」から「子供達守るため」離婚決断
清原和博氏の妻 「ああいう見た目だけど、根は優しい人」

NEWSポストセブンの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP