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2800人を看取ってきた名ホスピス医の言葉 「明日に宿題を残さず、今日を生きなさい」

エンタメ
2800人を看取ってきた名ホスピス医の言葉 「明日に宿題を残さず、今日を生きなさい」

日本全国でホスピス病棟が10か所もなかったころから、いずれ訪れる死に怯える患者を看取り続けてきた医師がいる。
看取った患者の数は、2800人以上。まだ、53歳の若さで、これだけの人の最期に立ち会ってきた。今、彼の元には全国から教えを請いたいという医師が訪れているという。

慈恵医大を卒業後、救命救急センター、農村医療、横浜甦生病院ホスピス病棟長を務め、
2006年からめぐみ在宅クリニックを開院した小澤竹俊医師に、その想いを聞いた。
(新刊JP編集部)

■医師になったきっかけは、マザーテレサの言葉

元々は、医師になることは考えていませんでした。単純に成績が悪かったからです。
でも高校生の時に、マザーテレサの本を読み衝撃を受けました。これほど「貧しく、苦しんでいる人のために生きている人がいるのか」と。それからですね、私も苦しんでいる人を救う仕事に就こうと思ったのは。そして、一念発起して勉強を始めましたが、いくら勉強しても模試の結果が悪く、合格率は5%。今振り返ると、慈恵医大に合格できたのは奇跡です。自分は苦しむ人を救う使命を授かったと心の底から思いました。

慈恵医大を卒業した後は、山形大学大学院医学研究科へ進みました。なぜなら、当時山形は日本でも医師の少ない地域だったからです。医師が少なければそれだけ、苦しんでいる人がいます。
その後、救急センター、農村医療に従事するのですが、それも、医師不足で苦しむ方々を救いたかったから。でも、この世で一番辛い思いをしている人は誰だろうと考えた結果、死に直面している人々にかかわるホスピス医を選びました。

医師は、人を治したくて医師になっています。治すことができない患者さんとかかわることは、本当に辛いことなのです。ですが、私は、看取りほど魅力的な仕事はない。そう思い20年ほどにわたり、この仕事を続けてきました。

■やらずに後悔して、この世を去ることが一番辛い

2800人を看取ってきた名ホスピス医の言葉 「明日に宿題を残さず、今日を生きなさい」

患者さんの看取りに関わってきて、わかったことがあります。
それは、「今の自分が絶対ではない。間違っていてもいい。でも、何もしなかった後悔は癒されない」ということです。
「したいこと、やらなければいけないこと」を先送りにしてしまうことは、よくあります。「今はちょっと忙しいだけ」とわざわざ自分に言い訳したり、何も行動していない自分が許せなくなったり。「自分はなんてダメな人間なんだ」と否定することもあるかもしれません。
健康であれば、明日は来ます。だから「明日やればいいや」と考え、物事を先送りにするのも仕方がないことです。

ただ、死を前にしたときは違います。
私は以前ある男性を看取らせていただきました。初めてお会いしたとき、その方の容体はすでに思わしくなく、残された時間は長くても一週間程度しかないことが、すぐにわかりました。
男性には、生活を共にする女性がいました。いわゆる「事実婚」の関係です。お二人は何年も前から結婚を望まれていましたが、様々な事情から実現できなかったのです。しかし、大切な女性を残してこの世を去る日が目前に迫り、入籍していなかったことを、何よりも悔やんでいました。
「男性の後悔を取り除き、心穏やかに最後のときを迎えてほしい」その思いから、私たちは市役所に掛け合い、どうにか婚姻届を受理してもらいました。そして、看護師さんたちがレースのカーテンで作ったウエディングドレスを持参し、簡単な結婚式を挙げたのです。
その時の男性の穏やかな顔、妻となった女性の輝く笑顔を、私は一生忘れることはないでしょう。

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