ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

江戸時代のDIY賃貸住宅? 大阪独特の借家システム「裸貸」とは

DATE:
  • ガジェット通信を≫

江戸時代から幕末、昭和初期にかけて大阪の町には「裸貸(はだかがし)」と呼ばれる独特の借家システムがあった。江戸時代のスケルトン・インフィル住宅やDIY賃貸住宅にも例えられる「裸貸」とは?江戸や京にもなかった、大阪独特の借家システム「裸貸(はだかがし)」

人気のNHK連続テレビ小説「あさが来た」は、幕末から明治にかけての商都・大阪の暮らしを背景に描かれている。大阪でも有数の両替屋が舞台であり、庶民の暮らしが登場するシーンは少ないのだが、当時の住まいには面白い仕組みが存在していた。「裸貸(はだかがし)」と呼ばれる、とても合理的な貸家のシステムだ。

【画像1】「大阪くらしの今昔館」に再現された江戸時代の大阪の町並み。裏通りにある4軒長屋のうち、1軒が空室すなわち”かしや”の状態だ。”かしや”の張り札を斜めにするのは「大坂流」、江戸では真っ直ぐに張ったそうだ(写真撮影:井村幸治)

すまいの歴史と文化をテーマとした、大阪市立住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の学芸員・深田智恵子さんに「裸貸」の詳細をうかがった。

「『裸貸』とは江戸時代から昭和初期にかけて大阪で発達した借家システムです。出入り口建具や戸締まりの雨戸などは家主(貸主)が用意しますが、室内の建具など内造作は店子(たなこ・借主のこと)が用意するというもの。畳や襖(ふすま)、障子といった建具から、へっつい(竈・かまど)、走り(流し)といった水まわり設備まで内装設備は借手が自分で用意するのです。住居には何もない”裸”の状態で貸すから『裸貸』、京都では建具も家主が用意する『付貸(つけがし)』が一般的だったので、大阪にしかない独特の仕組でした」と深田さん。

【画像2】”かしや”に入ってみるとこの状態。板張りの床と雨戸はあるが、畳や障子さえもない。まさに「裸」だ(写真撮影:井村幸治)「畳割」という合理的な設計手法が「裸貸」を可能にした

“かしや”に住もうと思うと、借手は内装品を以前の住まいから運び込むか、建具屋などで調達しなければいけない。一見面倒にも思えるが、貸手にとっては原状回復に伴うトラブルがなくなるし、借手も予算や好み、家族構成に合わせて部屋を仕立てることができるというメリットもある。実際に「大阪くらしの今昔館」では、住み手に合わせた江戸時代の内装が再現されている。

【画像3】”かしや”の隣は、大工の作兵衛さん夫婦の住まい(写真撮影:井村幸治)

【画像4】土間の左手には水瓶や流し、右手には小ぶりの竈(かまど)。夫婦のシンプルな住まいが再現されている(写真撮影:井村幸治)

【画像5】こちらは義太夫節の師匠・松太夫の住まい。間口1間半、奥行2間半で四畳半と少し広い。三味線や羽織といった大事な商売道具もみられる(左)。かまどは大型の”ふたくち”タイプ(写真撮影:井村幸治)

「裸貸」の仕組みが成立した一番の要因は、大阪の町家が「畳割(たたみわり)」という平面設計システムでつくられていたから。六尺三寸×三尺一寸五分(1910mm×955mm)の京畳を基準として建物の柱間(柱と柱の間の距離)を決めていくことで、畳だけでなく開口部の内法寸法も必然的に統一され、障子や襖といった建具もサイズが標準化される。今の借家で使っている畳や障子が、引越し先でも再利用できるから「裸貸」が可能となったのだ。

その結果、大阪では「既製品」の建具が盛んに製造・流通されることになった。建具屋では新品も購入できるが、中古品の取引も行われていたという。なんと、江戸時代に「内装品リサイクル」の仕組みが存在していたのだ。「おまえさん、子どもが産まれるから、中古でいいからかまどを大きいものに買い換えましょうよ」という相談が夫婦で行われていたかもしれない…。

対して江戸や東日本では「柱割」と呼ばれる手法が主流。柱間は均一だが、柱のサイズによって内法や畳のサイズが異なってくるため建具の互換性がなかった。

【画像6】建具屋さんにはへっつい(竈・かまど)や走り(流し)も売られている(左)。既製品もたくさん売られていたが、引手金具などをチョイスしてオリジナル建具をオーダーすることもできた(写真撮影:井村幸治)江戸時代のスケルトン・インフィル住宅? DIY賃貸住宅?

現代の住宅には、建物のスケルトン(柱や梁などの構造物)とインフィル(内装や設備)を分離させて、耐久性と多様性を向上させるスケルトン・インフィル住宅という発想があるが、どうやら「裸貸」の考え方には共通点がありそうだ。また、内装に自分で手を加えていくという借家は、現代のDIY賃貸住宅のスタイルにもつながるようにも思える。大阪の住文化は色々な面で先進的だったのかもしれない。

深田さんに、さらに大阪の住まい事情を尋ねてみた。
「大商人が大規模な借家町をつくっていた事例もありますし、普通の商家が店の裏に数軒の長屋を建てて行商人や職人を住まわせていたケースも多かったようです。少しでもあまった土地があれば借家を建てていたようですね。資料を読み込むと、家主は家賃をとるだけでなく店子たちの面倒もみてあげていた様子が分かってきました。小さく狭い長屋だけど、暮らしやすいコミュニティがつくられていたのだと思いますよ」と深田さん。

なるほど。建具のリサイクルだけでなく、裏通りの土地を有効活用した借家経営、大規模な借家町開発まで、さまざまな住スタイルや住宅産業が、大阪には昔から存在していたのだ、面白い! 「大阪くらしの今昔館」は江戸時代から近代にいたるまでの住まいの変遷を学ぶことができる施設だ。一度ゆっくりみてまわることをおすすめする。

【画像7】30分300円の着物レンタルは海外からの観光客にも大人気。先着300名限定なので開館直後から行列ができていた!(写真撮影:井村幸治)●取材協力
大阪くらしの今昔館
元記事URL http://suumo.jp/journal/2016/02/02/105137/

【住まいに関する関連記事】
大阪に登場したDIYショップ、初心者にも人気の理由をチェック!
のべ500人が手掛けた賃貸物件が完成。DIYスクールの魅力とは?
冬至は影に注目! 建物の高さや影を決める日影規制とは?
DIY未経験の夫婦が、工夫しながらつくりあげた理想の住まい
うちわの年間消費量が200万本~江戸から学ぶ生活のヒント

住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル

カテゴリー : 生活・趣味 タグ :
SUUMOジャーナルの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。