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「赤ちゃん泣いてますよ」「もう、行けません!」 初めての育児。産後鬱は他人ごとではなかった

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第一子を出産した大学病院での出来事。

深夜でもかまわず「赤ちゃん泣いてますよ」と呼びに来る助産師さんに、耐えられなくなっていた。

意図しない帝王切開となり、お腹の傷以上に、心が少し傷ついていたのかもしれない。

でも、出産ハイのような、変なアドレナリンが出ていたことも確かで、“自分が病んでいる”そのことに気づく暇がないほど、助産師さんは「赤ちゃん泣いてますよ」と何度も呼びにきた。

「もう、行けません!」

出産して何日目だっただろうか。

呼びに来た助産師さんか看護師さん相手に、何かがブチっと切れて、私は泣き出してしまった。

子どもを生んでからというもの、テンションがどんどん下がっている私をよそに、初孫フィーバーで舞い上がる両親、次々訪れる親戚、平日はなかなか来てくれない夫。

思うように動かない体は、寝ていたくても乳が張って寝ることもできない。

断続的に新生児室に呼ばれ、睡眠は取れない。

たまっていた黒いものが全部爆発してしまった。

その日、伯母が面会に来ていたが、赤ちゃんだけ見て帰ってもらった。

とても誰かに会うような気力はなかったのだ。

自分の体から出てきた小さい生き物は、寝たり泣いたり、排泄したりを繰り返していた。

かわいい……のかなあ?

かわいいかわいいと周りは言うけれど、いまいち実感がわかずにいた。

「かわいいねえ」と口に出し続けることで、この生き物をかわいいと心から思えるのではないだろうか。

何度も試した。

「かわいいね」

コットに入った赤子は薄目を開けたり閉じたりする。

「かわいいね」

赤子はじたばたとただ動いていた。

……かわいいという感情がよくわからないまま、退院の日を迎えた。

ほんとうに戦場と化したのは、退院してからだった。

「赤ちゃん泣いてますよ」と都度呼ばれていたにしても、新生児室であずかってくれるということが、こんなに安心できることだったとは!

産後の1ヶ月は実家に居候し、夫とは週末婚のような状態を続けていた。

11月。

気温も低くなり、冷えた薄暗い台所での深夜の調乳は、私の心に影を落とすのだった。

──楽しく自由だった生活からの隔離。

自分の都合だけでは、もうどこに行くこともできない。

友達と深夜に飲み歩くことも、気晴らしに出かけることすら許されない。

産後の1ヶ月は外出しちゃダメ、という母親の(よかれと思って言ったことが全部裏目に出るような)アドバイスも、じわじわと私を苦しめていた。

そこで私は、ちょっとした買い物でも用事を見つけ、母親に新生児を預けて、実家から数分の距離にあるショッピングセンターに脱出する作戦を思いついた。

「母体もさ、ずっと寝てると筋力が弱っちゃうから」

そう母を説得し、1日1回は外に出るようにしてみた。

「自由だー!」

目と鼻の先の距離に移動しただけにもかかわらず、それは私にとって大変な自由を手に入れたに等しかった。

一人だということ。

命の責任を、今、この数分は背負わなくていいということ。

おそらく、赤ちゃんを願って願って授かった場合と、あまりそこまで考えていなかったところからのスタートでは、知識量と覚悟が違うのではないかと思った。

赤ちゃんは欲しいと思ったが、私自身そこまで子ども好きということでもなく、新生児を迎えて、ともに生活することが、実際にどうなるのかがまったくわかっていなかった。

人間、意図しない動きに対してはなかなか対応できにくいものだが、それが四六時中続くなんて、考えてもみなかったのだ。

何をしても泣き止まない3ヶ月児を、もう放り投げてしまいたくなったり、それはいけない!と思いとどまって、柔らかいクッションの上にそっと着地させてみたり。

「赤ちゃんかわいい」よりも「思うようにならないストレス」が勝ってしまうことは、“赤ちゃんの赤ちゃんらしい時期”を素直に楽しみきれないという意味で残念なことでもある。

それを取り返すかのように、次男が生まれた今年は、同じ轍を踏むことがないように準備をし、出産に臨んだ。

・里帰りをしないで、実母と義母に来てもらう

・母不在時にはヘルパーさんを呼ぶ

・なるべく一人で外出する時間を持つ

この3点に気をつけて、最初の1ヶ月を過ごした。

段取りがわかっていて、自分の心に余裕があるだけで、育児とは、こんなに違う景色が見えるものなのだろうか。

今は赤ちゃんをかわいいと思わない日はない。

それだけに、長男には申し訳ない気持ちがいつもあるのだが、「初めての子はいつもわからないことだらけなのだ」。

そう開き直ってしまうことで、最近は自分の気持ちを調整できるようになってきた気がする。

日々起こるハプニングを楽しむ余裕が育児には必要なのかもしれないが、それ以上に、子どものいる生活の想像があらかじめついているだけで、気分的にはだいぶ楽になるかもしれない。

近年は、保育実習や育児についての授業がある学校もあるようだが、人は急に親にはなれない。

少しずつ、その環境に慣れていく機会があることで、産後うつは減らせるかもしれないと思うのだった。

著者:kikka303

年齢:39歳

子どもの年齢:4歳11ヶ月・0歳7ヶ月

1976年東京生まれ、都立北園高校出身。東京モード学園に進学するもインディーズブランドブームにのって学校を中退、以降フリーランスのデザイナーとして活動。その傍ら、複数のテレビ局にてデジタルコンテンツを担当。2010年に結婚&出産。現在は都内某所にてWEBディレクター職についている。超イクメン夫、チャラい長男、食いしん坊な次男との4人暮らし。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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