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なぜ今、がん医療に「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」が求められるのか<後編>

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皆さんは、「がんサバイバー」という言葉を聞いてどんな印象を受けますか?

がんにかかり、肉体的・精神的に苦痛を伴う治療を受け、命からがら恐ろしい病気から生還した人たち…そんな印象を受けられる方が多いのではないでしょうか。「かわいそうな人」というイメージを重ねる方もいるかもしれません。

いずれにせよ、治療後段階的に社会復帰していく患者さん、不幸にしてがんが再発・進行してしまう患者さん、そしてご家族をはじめとした周囲の人たちの苦悩は計り知れないものがあります。

そんな中、患者さんのメンタルケアや精神状態の評価、サポートや治療はもちろんのこと、ご家族をはじめとした周囲の人たちのケア、サポートも行う精神医学の専門分野「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」が不可欠になっています。

前編では、一線で活躍する精神腫瘍医(サイコオンコロジスト)である、小川朝生先生にサイコオンコロジーについて解説していただきながら、がんサバイバーである藤森香衣さん、心理カウンセラーの小高千枝さんとともに、がんとこころのケアについて考えました。

後編では、サバイバーの実態や、より具体的に病気や死と向き合い方についてアプローチしたいと思います。

「治って良かったね」というほど、がんサバイバーは単純ではない

藤森 香衣(以下/藤森): 当事者でないと、どうしても手術して、治療するということが具体的にはわからないので、もう治療して治ったんだからみたいに言われることが多いんですよね。

臓器を切除して身体が変わってしまった人とか、見た目は大丈夫そうでもいろんな不具合がある人がたくさんいる中でそれを言われてしまうと…。病気や治療についての基本的な知識が根付いてないんだなって。

小川 朝生(以下/小川): そうですね、がんの場合生きるか死ぬか、というようにイメージが極端なのかもしれません。

がんの診断技術が格段に進んだ現代では、ごく初期の段階でがんが見つかり、小さな切除を行うだけでその後は経過観察を続けるだけ、という方も多いですし、薬や放射線がよく効くタイプのがんで、身体にメスはいれずに治療が終了する、というケースもあります。

サバイバーとはいっても、多くの方が抱いているイメージ通りの、何時間にも及ぶ大きな手術を行って、苦しい副作用のある抗がん剤の治療を何週間も行って、奇跡的に生き延びた人たち、ではないことも多いのです。

実際に、職場や親せきなどには秘密で治療を行い、誰にも気づかれないまま治療を終える方もたくさんいます。

藤森: がんと診断されて治療に入ったとき、本当に何が起こるかわからなかった。自分でもうちょっと知っていたら、あの二週間の何もわからない苦しみが違ったものになったかもしれない。

私は仕事への不安はなかったのですが、職場に内緒で手術している人もいるじゃないですか。そうなると、隠している負担だとか、家族に当たっちゃったりして悪循環だなって。やはり、内緒にする方は多いですか?

小川: 若い方だと結構いますね。乳がんの方など、親に内緒で受ける方はいます。がんに罹るということは、当然ながらどんな形であれ、本人やその家族にとって非常に大きな出来事であり、それを受け入れ、対処し、元の生活に戻るまでというのは大変な負担がかかるものです。

小高 千枝(以下/小高): 精神的、肉体的なストレスはもとより、治療費等の経済的な問題も大きいですよね。

小川: はい。最近は結構深刻な問題になりましたね。経済的に厳しい人が増えてきたのは、全体的に日本の医療費が上がってきているという面もあると思います。

もう一つは、がんの中に特別な例というか、分子標的薬などの新しい治療は、保険が適用されても値段が跳ね上がるんです。中には、一カ月分の給料がそのまま治療費になってしまい、何のために働いているかわからないと落ち込んでしまう方もいます。

藤森: 治療費の問題もそうですし、生きていくことに対して、どう対処するかが大切ですよね。

二人に一人ががんになるという事実があるわけだから、早い段階で教育、啓発した方がいいと思います。就職などと同じように。自分も家族もいつがんになるかわからないし、病気になった人だけが当事者ではないというか。

小川: そうですね。がんも治療だけでは解決しなくて、いろんな問題がありますからね。私たちのような緩和ケアチームですと、大体五つに分けて考えることが多いです。

がんの悩みというと痛み、苦しみのイメージが強いですが、実際はその他に「お金」、「介護」、「就労」の問題があって、あとは人間関係ですよね。家族間の問題もあれば医療従事者との関係も。

小高: 身近にがんが治った、という方がいると、周囲の方はつい「治ったんだからよかったね」「もうこれで心配ない」といった声掛けや対応を取りがちですが、実際は、再発に対する不安と人知れず戦っているのだと、私もカウンセリングの中で身にしみて感じます。

治療にかかった費用を工面したり、仕事を長期間休んだり、生活に様々な影響が及んでしまい、病後の疲れた体で大変な思いをしながら、何とか埋め合わせをしたり、失ったものを取り戻そうと日々を送っているサバイバーの方にとって、「治って良かったね」という言葉は、別の意味合いをもって深く心に突き刺さり、二次被害、三次被害に繋がる可能性もあるんですよね。

小川: 海外でのデータによると、がんの患者さんが治療を終えて、通常の日常生活に復帰するまで、平均して半年程度の時間を要すると言われています。

日本では特に、そういった患者さんが、がんの治療以外で闘病中にどのように過ごしているのか、治療後にはどのように社会復帰を果たし、どのような不自由があるのかといった、いわばソフト面に関しておざなりにされてきた経緯があります。

日本での同様の調査結果はないようですが、半年と聞いて心の中でうなずかれるサバイバーの方も多いのではないでしょうか。治療を終えて退院になり、それで病気は終わりだ、と思う人は一般的にはまだまだ多いように思いますが、実際にはそう単純な話ではありません

小高: がんの治療が終わって、以前とは環境や自分自身の気持ちのあり方が違ってしまっているけれど、どうにか社会復帰している人に対して、どう励ましたらいいのか、何かしてあげられることはないか、と感じている周囲のサポーターの人たちには、どう答えたらいいでしょうか。

私は、まずは寄り添い、気持ちに共感してあげてください、とお伝えしています。やはり、手術してから再発せず一年経ったということは、本人にとってはとてもうれしいことですし、一緒に生きることを喜んでもらえたらうれしいはずですし。

小川: 常に自然体でいられれば良いですが、これといった正解がない難しい部分もありますよね。病気になって治療して、さまざま不安を抱えながら生きることのイメージがわかないので、どうしていいかわからない、それ自体は仕方がないことです。

生死の問題に正面から向き合うということ

藤森: がんの体験に関してインタビューを受けて、再現VTRが作られたことがあるんですが、がんを告知される場面は暗い雰囲気や悲しみに満ちた音楽などで演出されていて、やっぱりこんなイメージなんだって。

あとは、講演に呼んでいただいた際にも、泣く話を聞きたいみたいな空気がたまにあって…。

小川: ああ、変な期待感というか、予定調和のようなものが。

藤森: 私は、サバイバーとして生きている現状とか、先生方に聞いた医療とか、国がやっていることなどをお知らせしたいんですが、どうしても告知された時の話とか、友達が亡くなった時の話とか、そういう「物語」を皆が聞きたがっている雰囲気を感じるときがあります。

小高: 同情の涙を流すことを良しとする空気ができてしまう、と。

藤森: そうなんです。抗がん剤で治療してきたんでしょ、大変でつらかったでしょ、とか。何カ月間、何年間苦しんでようやく戻ってきたんだね、おめでとう!というイメージがありますね。抗がん剤は受けてないという方がいたりすると、え、何で? がんじゃなかったの?とか。

あと、死生観について患者さんやサバイバーと一緒に語ったりすると、逆にホッとするみたいなんですよね。タブー視せず口に出することによって、自分の本心に気づくというか。揺れているんでしょうね、患者も。

小川: 病院ではそういった話題は出しちゃいけないから、と思い込んでいたり。この話題はダメ、誰も受け入れてくれないんじゃないかと、抱えてしまう人が多いです。

藤森: 人間は「誰でも必ず死を迎える」ということは当然、分かっているはずなのに、見ないようにして生きている。

それがすぐにではないにしても、死を意識するのは怖いから、話し合うことも少ないですよね。

小川: 人間は「わからない」ことで非常に不安になる動物です。

ですが、がんという得体の知れないものに巻き込まれていく感覚よりも、しっかりと「生」を見つめることで、本人や家族の意思が強く反映されるように、後悔のない選択をしていく必要があります。

結果的に、より有意義な時間の過ごし方を考えることができ、気持ちが安らいだり、落ち着いてくる方もいます。

小高: そう考えると、がんに対峙するにあたってはやはり、多くのがん患者さんに接して、学んできた経験や、様々な専門知識を集めて、一体となってチームで患者さんの精神面での治療に当たるサイコオンコロジーは、よりよくがんと向き合っていくために、必要不可欠な分野となっていきますね。

小川: はい、そうありたいですね。やはり、患者さんの生き様を間近で見ることが一番多いのは、医療者だと思います。人が本質的に望むこと、考えることには共通点もあると思いますし、それをサポートすることで安心感につながるケースもあると思います。

病気を「治す」ことだけが、医療者の役目ではないですから。

編集後記

医療はこれからも日々進歩していくでしょうし、治るがんや肉体的に負担が少ない治療も増えていくと思います。ただ一方で、患者さんが直面しているもの、とりわけ精神的、社会的なニーズは複合的で、現代の医療ではカバーしきれなくなるのも自明です。

今回のように「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」という医療分野を知ることもひとつですが、万が一病気になったらそのときに考えるではなく、がんをどう自分事として考えるのか、社会としてがんをどう扱っていくのか、ということがより必要になってくるのではないでしょうか。

つまりそれは、私たちはどう生きたいのか、どのように病気と付き合いながら、生活の質を向上させていくのかを問うことと言い換えられるかもしれません。

当企画が、自分と病気は無関係だと感じていた方の心を少しでも動かせたなら幸いです。

関連記事リンク(外部サイト)

なぜ今、がん医療に「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」が求められるのか<前編>
【藤森香衣のがんコラム】Vol.3: がんを公表するということ
【藤森香衣のがんコラム】Vol.6: 乳がんの啓蒙活動を通じて思うこと

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