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ドロンズ石本を支える南原清隆の言葉「求められたことをやる」

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 食レポに俳優にと、活動の幅を広げているドロンズ石本(42才)。『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイクの旅で注目を集めた彼が、最近、力を入れている舞台、心に刺さった大物芸人の言葉や、元相方との関係などについて語った。

――出演する舞台『現代狂言X』ですが、現代狂言ってどのようなものですか?

石本:今年2月の公演で、ちょうど10周年なんですけど。現代のコントを狂言風にやったり、狂言をパロディーにしたりするんです。今年は主にウッチャンナンチャンの南原(清隆)さんとぼくの2人でやらなきゃいけない演目なので、大変なんですよ。

お笑いと狂言に共通しているのは、“お笑い”だということ。600年前からずっとある演目を見て、今のかたも600年前の人も笑っていたわけですよね。そんな狂言の重みみたいなものが、40才すぎてようやくわかってきました。

――事務所の先輩でもある南原さんには日頃、どんなことを言われていますか?

石本:ぼくのデビューの一番最初、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』の前説のときからずっと、ウンナンさんにはお世話になってます。「苦しいときほど、逃げずに向き合わなきゃ身につかないよ」とよく言われるんです。

 やらなきゃいけないことがあっても、今日は朝ご飯食べて、昼くらいからやろうかなとか、眠たいから明日の朝やろうかな、とか自分のリズムがあったりしますけど、そういう考えが頭をよぎった時にこそ行動したほうがいいと、昔から南原さんに言われています。

――20年くらい前からずっと?

石本:そうなんです。年齢差って変わらないので、40才過ぎてもピリッとする先輩ですね。20代30代ならいいんですけど、40代になってピリッとする先輩に会いたくないじゃないですか、正直(笑い)。でも、そういう存在がいるのは、ありがたいですね。

――前説をやっていた頃は、普通にお話しできる関係だったんですか?

石本:いえいえ。南原さんとまともに話せるようになったのは、12、3年前くらいから。実は周りから気を使われるくらい、ぼくと南原さんの仲が悪かった時期があるんです。直属の後輩なのに、南原さんに電話番号を聞かなかったら「お前は番号聞いてこないなぁ」とか言われて。そうしたら腹立って、余計聞けなくなったりとかして…。

 ある時、キャイ~ンの天野(ひろゆき)さんに相談したんです。そうしたら「南原さんは、“兄貴、兄貴”と言って近づけば全然大丈夫だよ」と言われて。その通りにしたら、距離が近くなりました(笑い)。

――ほかにも助けられた先輩芸人さんはいますか?

石本:いっぱいいます。ぼくの同期ってあまり横のつながりがないんです。そういうときに、Take2の東(貴博)さんとか天野さんに、すごく助けられました。お金的に助けてもらったという事じゃなくて、精神的に。

 東さんは昔は付き人か!?というくらい毎日、一緒にいましたよ。あげくの果てに「旅行行きたい」と誘われて、「その日は仕事が入っています」と言うと、「仕事断っちゃえよ」と言われたこともありました(笑い)。

 若い頃って会社に、“この期間休みください”って言えないじゃないですか。その間にいい仕事が入って来たらもったいない、って考えちゃうんです。でも、「それを言える勇気がないと、売れねえぞ」と東さんに言われて、はっとしましたね。

――先輩芸人の言葉って印象に強く残るんですね。

石本:名言をいっぱいもらってますね。ナインティナインの矢部(浩之)さんにかわいがってもらっていた頃、「売れたいなら、売れてる人と遊びな。売れてない奴と文句ばっかり言っていてもダメだよ」と言われたこともありました。

 びびる大木とやるせなすの石井(康太)で、「何で俺らはモテないのか」を延々話した結果、女性に気配りができてない、という話になったんです。それをゴルゴ松本さんに言ったら、「モテたい話をするのに、なんでモテてる奴がひとりもいないの?」と言われて。

――矢部さんの話と重なるところがありますね。

石本:そうなんです。ほかにもあって。仕事で悩んでいることが何年か前にあったんですけど。お笑いを目指して今の事務所に入ったのに、レポーター業が多くて「それでいいんですかね」って南原さんに話した時に、「求められていることをちゃんとやらないとダメだよ。その仕事に対して失礼だ」と言われたんです。それがすごく印象に残っていて。

「テレビでも、5分10分の番組にはスタッフがいて、そのコーナーを最高にしようと思ってやってる。朝の番組だから手を抜いて、ゴールデンだから気合いを入れる、という仕事の臨み方はダメだよ。ライブをやりたいなら、やる場所がなければ悩めばいいけど、あるうちはレポーター業もしっかりやって、寝る前とか、空いた時間できちんとライブの準備したらいいんじゃないの」って南原さんが…。今も支えになっている言葉です。

 みんな悩むと思うんです。誰かの言葉に影響されて迷ったりすると思うんですけど、信念を持つというか、軸を持たない限り、この世界しんどいですよね。

――元相方の大島直也さんがお芝居を見に来ることはありますか?

石本:ないですね。元相方はお笑いとお芝居の二足のわらじを履きたくないって、事務所を辞めたんです。「それはしょうがない、大島を応援するよ」と言っていたんですけど。やめてすぐ、『ちりとり鍋 大島』って鍋屋さん出して、みごとに二足のわらじを履いてました(笑い)。

 仲良くはしていますけど、ぼくの出ているドラマや芝居を見たくないようです。根本に、自分の方がお芝居が好きだという気持ちがあるんでしょうね。1回、この狂言を見に来てほしいって呼んだんですけどね。今年は10周年だから、見に来てほしいですね。

――お互いライバルみたいなところもあるのでしょうね。

石本:大島はそうかもしれないですね。大島が恵比寿で店をやっていたので、ぼくも2年後に同じ恵比寿に店を出したんです。そういうの、ぼくはなんとも思わないんですね(笑い)。今は大島は店をやってないから、いつでもうちの店に食べに来ればいいじゃんって誘うんですけど、来づらいみたいです。

 大島はいずれまた店を出したいみたいで、「冬だけでもお前のところでやってくれ」と言われたので、うちの店で大島のちりとり鍋を出しているんですよ。あいつが味噌も出汁も作っていて、それをうちの店が買って、作り方も学んでいるんです。店を持っていたから、元相方とコラボできる。今でもそうした関係が続いているのはうれしいですね。

【ドロンズ石本】
1973年10月11日生まれ。広島県出身。1995年に大島直也と『D.R.U.G(ドラッグ)』を結成し、翌年『ドロンズ』に改名。1997年に『進め!電波少年』(日本テレビ系)でヒッチハイクの旅に挑戦し、一躍有名になる。2003年にコンビ解散。その後、タレント、リポーター、俳優として活躍。2007年より馬肉専門店『馬肉屋たけし』をオープンし、経営者としての顔も持つ。

撮影■田中麻以


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