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19歳で起業した元“ギャル社長”藤田志穂が気付いた「大人が本当にやるべきこと」

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約10年前、ギャルに対する偏見やネガティブなイメージを払拭しようと「ギャル革命」を掲げて19歳で起業した、元“ギャル社長”の藤田志穂さん。現在は「ご当地! 絶品うまいもん甲子園」の発起人となり、全国の若者と“食”をつなぐ架け橋になっています。

藤田さんが農業から若者と“食”をつなぐ活動へと活躍の場を広げている背景には、自らの起業の経験や両親の存在から学んだ、「大人がやるべきこと」に対するある想いがあるそうです。

今回は、そんな元“ギャル社長” 藤田志穂さんの仕事観に迫ります。


ギャルだと万引きを疑う世間を見返したかった

——そもそも、どうして19歳のときに起業しようと思ったのですか?

当時はギャルっていうだけで白い目で見られていたので、「ギャルでもできるんだぞ!」というのを証明したかったんですよね。 そのためにはバリバリのキャリアウーマンになって、働けるところを見せるのがいいと思ったのですが、見た目がギャルなので就職できる場所が見つかりませんでした。履歴書を送っても、写真を見ただけで突き返されてしまうんです。

”ギャル社長”と呼ばれた当時の藤田さん

うちは父親が自営業だったので、「これだけ世の中にはたくさん会社があるんだから、自分でも起業できるんじゃないかな」と思ったのが、起業を考えたきっかけです。「自分が当てはまる場所を探すより、自分で作っちゃったほうが早い」って。

しかも、自分が社長になってギャルの子たちが働ける環境を作れたら、周囲にとっても良いことになると思ったんです。

——ギャルだというだけで、偏見の目で見られたんですね。

当時の私としては、「普通にギャルのファッションが好きで、ギャル系の服を着ていただけなのに、なんで批判されなきゃいけないのかな」と納得できませんでした。

たとえば、お姉さん系のファッションが好きな人がお姉さん系の服を着ていても何も言われないのに、ギャルは派手だから先生からも怒られやすいし、薬局で化粧品を見ているだけで万引きを疑われるし。「世間を見返したい」という思いは強くありました。

——高校を卒業する前から、起業しようと思っていたのですか?

いや、起業を決めたのは、卒業してから1年後です。親から「卒業してフリーターになってもいいけど、1年間でやりたいことが何も見つからなかったら、とりあえず学校に行きなさい」と言われていたので、「早く何か始めないとヤバイ……!」って(笑)

今だったら、ネットですぐに仕事の情報も調べることができてしまうから、逆にいろいろ考えて踏み出せなかったかもしれないですけどね。当時は何も知らないからこそ起業できたというのはあったと思います。

1ヶ月で約300人と会うも「アポってなに?」

——起業してから、まずどんなことをしましたか?

1ヶ月で約300人の人に会いに行きました。知り合いの紹介だけでなく、飛び込みで行ったりもしていましたね。

受付で「アポを取ってから出直して来い!」と言われても、私は「アポって何?」って感じだったし、どう出直せばいいのかもわからなかったので、そこら辺を通りかかった人を捕まえて、「こういうことをやっているんですけど、担当の人を紹介してもらえませんか」と、お願いしたこともありました。

とにかくいろんな人に会って、自分の想いを聞いてもらうしか、できることがなかったので。本を読むよりも、実際にビジネスをやっている人に聞きに行ったほうが早いと思ったんです。

——もちろん服装はギャルですよね?

一応ジャケットは着ていました(笑)。その頃はスーツに憧れていて、ママと買いに行ったんですけど、「絶対、ムダになる!」って言われていました(笑)。

——社会人経験もないのに、いきなりいろいろな人に会いに行くのは、怖くありませんでしたか?

うーん……でもギャルっていうだけで、起業する前からすでに批判されていましたからね。“叩かれているうちが華”というか、親からも「人が一番悲しいのは、興味を持たれないことだ」と言われていたので。

それに、新しいことを始める人に対する世間の見方として、“賛成2・反対2・様子見6”という割合だと聞いたことがあったんです。反対されても、賛成や様子見の人が残り8もいてくれるんだと思うと、全然大丈夫と思えましたね。まぁ私自身、基本的に楽観主義だし、嫌なことがあっても引きずらないタイプなので。

——300人に会いに行った効果はありましたか?

そうですね。いろんな人に自分の想いを話していると、周りの人が自分のやりたかったことや会いたかった人と繋げてくれて、どんどん目標に近づけるんだなというのは実感しました。

自分も大人に対して偏見があると気付いた

——起業した当初は、どんな事業をされていたのですか?

「いろんなものの架け橋になりたい」というアイデアがあったので、“ギャルと大人”をつなぐマーケティング事業を行っていました。

——架け橋になりたいというアイデアは、どこから来たのですか?

「ギャルでも認めてもらいたい」という想いで会社を起こしたものの、実際にいろんな人と会って話を聞いてみると、自分も大人に対して偏見を持っていたことがわかったんです。「どうせ大人は何を言っても聞いてくれないし、認めてくれないだろう」って。

でも「視野を広げるためには、自分から偏見の壁を作るのって、もったいないな」と気がついた。その延長で、大人が難しいことを言っていても、私が間に入ることで、若い子たちにわかりやすく伝えられるかもしれないと思ったのが、「架け橋になりたい」と発想したきっかけです。

——起業前後で大人に対するイメージが変わったのですね。

そうですね。思春期で離れていた父親との距離も、仕事の相談を通して変わっていきました。会社って、法務省で登記すれば誰でも立てられますけど、いざその会社を5年、10年と続けるのは、すごく大変なんですよね。うちの親は20年以上、会社経営を続けているので、すごいなと尊敬しています。

会社で働くのが自分1人だったらいいかもしれないけど、より大きな仕事をやりたいと思うと1人じゃ足りなくて。新しい人を入れたら、その分お金を稼がないといけない。名刺交換のやり方さえ知らない状態から起業したので、学ぶことや失敗したことは、たくさんありました。

——この10年間で一番大変だったのは?

最初に起業した会社から独立したときですね。仲間内で立ち上げたので、みんなが会社のことをよくわかっていない中で、試行錯誤をしていたのですが、どんどんズレが大きくなっていって。 今振り返ると、サークルノリというか、友達感覚が抜けていなかったのが、ダメだったんだろうなと思いますね。

みんな未熟な部分がたくさんあって、一緒にお仕事する会社の方にも、失礼なことをしたり、迷惑をかけたりしているんだろうなと思いながらも、うまくコントロールできないもどかしさがありました。

——自分の理想の会社とは違ったんですね。

そうですね。前の会社の中には、仕事を取ってきただけで、自分の成果として満足している人もいました。でも、それって違うじゃないですか。

やっぱりビジネスパートナーに満足してもらえるところまでが仕事だと私は思うし、「またうちと一緒に仕事しましょう」って胸を張って言いたいじゃないですか。 それができないのが、何よりも嫌だったし、仕事を取ってくることだけに力を注ぐのが自分のやり方じゃないという思いがあったので、1人になることを選びました。

大人がやるべきなのは、意志ある若者を止めることじゃない

——独立されてからは、どんなお仕事をされていたのですか?

若い人たちが農業に興味を持ってもらえるように、米作りや野菜の収穫ツアーを企画したり、オシャレな農作業着を作ったりしていました。

——「ノギャルプロジェクト」ですね。もともと食に興味があったのですか?

いや、もともとエコに関する活動をしていたので、日本の自給率が危ないという情報は知っていましたが、何が大変なのか全然わかっていませんでした。

でも、農家をしているうちのおじいちゃんが亡くなって、田んぼが放置されている状態になってしまって。「今まで送られていたお米が届かなくなったな」と思っていたときに、日本の農業の問題は、高齢化が進んで田んぼや畑が放置されているからだということを知り、身近な問題として受け止めるようになりました。

——現在取り組んでいる「ご当地!絶品うまいもん甲子園」は、全国の高校生によるご当地グルメの新規開発を競う大会だそうですね。第4回を迎えた2015年の大会は、全国から1000人以上の高校生が参加したと聞きました。

そうです。第一次産業を盛り上げるためには何が必要かと考える中で、最も近いのは農業高校の生徒さんたちだ、と思ったんです。

そういう子たちが脚光を浴びることで、農業の担い手を育成できたらと考えたのが、「ご当地!絶品うまいもん甲子園」を始めたきっかけですね。つまり今度は“食と若者”や“都会と地域”をつなぐ架け橋になりたいと思うようになったんです。

——多くの生徒さんが参加する「ご当地!絶品うまいもん甲子園」の魅力は何ですか?

生徒さんにとっては、自分の学校だけでなく、他校の子と触れ合えたり、地域予選で優勝すると東京にも行けます。私自身、ギャルという狭い世界で、世間知らずなまま会社を起こして、いろいろ苦労をしてきたので、高校生が早い段階で視野を広げてもらって、いろいろ吸収できる場になっているとしたら、とても嬉しいです。

今まで私を応援してくれた人に対する恩返しは、今度は私が若い子たちを応援することじゃないかと思っているんです。大人がやるべきなのは、やりたいことがある若い子たちを止めることではなくて、失敗したときにサポートできるようにしておくことですから。

うちの親が、まさにそうだったんです。起業の大変さを一番よくわかっているはずなのに、「ママたちは志穂の会社が傾いたときには、いつでも受け止められるような態勢をとっておくから」って応援してくれて。私もそんな大人になりたいなと思っています。

まさか自分が毎日ぬか床を混ぜるようになるとは……

——この10年間を振り返って、自分の中で大切にしてきたことは何ですか?

最初は興味がなくても、とりあえず体験してみることですね。 やってみないとわからないことって、意外とたくさんあるんだなと思って。まさか自分が農作業なんてやるとは思ってもみなかったけど、実際にやってみると、「将来は自分で畑を借りたい」と思えるくらい楽しかったし。

最近も「発酵マイスター」の資格を取ったんですけど、まさか自分が毎日ぬか床を混ぜるようになるようになるとは……(笑) やっぱり一度やってみないと、何にハマるかなんて、わかんないですよ。昔は自分でも「よく耐えたな」と思うほどきつい時期もありましたけど、そういう経験があったからこそ、今は自信をもって楽しい仕事ができていると思いますからね。

——最後に、藤田さんにとっての“仕事”とは?

起業家として社会のためになることをやらないといけないというのはもちろんありますが、個人として言うと、“人生を豊かにするもののひとつ”にすぎないと思っています。生きていくために仕事はしないといけないけど、仕事によって自分の身体を壊してしまったら意味がないですから。

私の昔の夢は、専業主婦だったんです。一生、自分が働いているとは思っていなかった。だから、仕事一本でバリバリ生きていきたいというタイプの人間ではないです。

ただ、今は仕事でやりたいことが見つかったので、辞める気はないですけど。たしかに人生のうちで仕事をしている時間は長いので、“人生を豊かにするもののひとつ”として、大切にしないといけないと思っています。

藤田志穂

千葉県出身。1985年生まれ。高校卒業後ギャルのイメージを一新させる「ギャル革命」を掲げ、19歳で起業、ギャルの特性を活かしたマーケティング会社を設立し2008年末に退社。現在はOffice G-Revo株式会社を設立し、高校生の夢を応援する食の甲子園「ご当地!絶品うまいもん甲子園」を企画し、全国の高校生との交流を通じて、人材育成や地域活性化等を行っている。 藤田志穂オフィシャルブログ「ギャル社長はどこへいく!?」

WRITING:野本纏花 PHOTO:岩本良介

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