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ミステリアスな「モルドバ」という国を知っていますか?

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Photo credit: TUBS [CC BY-SA 3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons

こんにちは、TRiPORTライターの新田浩之です。
12月7日にヨーロッパの旅から帰国しました。以前も東欧の国々を紹介しましたが、今回はモルドバ共和国について。「モルドバ」と聞いて、正確な位置がわかる方はどれくらいいるのでしょうか。そもそも、ヨーロッパの国であることを知らない方のほうが多いのかもしれません。そのような方々でも、この記事を読み終わる頃には、モルドバの持つ魅力を知っていただけると思います。

「モルドバ」って?

モルドバはルーマニアとウクライナに挟まれている国です。しかし黒海には面しておらず、面積は九州よりやや小さいくらい。人口は約291万人で首都はキシナウです。

この国に住んでいる人々はモルドバ人(全体の約78.4%)ですが、民族的にも文化的にも隣国のルーマニア人とほぼ同じです。かつてモルドバ共和国の公用語とされていたモルドバ語もルーマニア語と同じ。ではなぜルーマニアとモルドバは違う国なのでしょうか。それには歴史を少し振り返らなければなりません。

Photo credit: Shohei Watanabe「モルドバ ヨーロッパ最果て、ヨーロッパ最貧、大国に翻弄され続ける国。首都キシナウ。」

もともとモルドバは、ルーマニア人の国家であるモルダビア公国に属していました。その後、16世紀にオスマン帝国の影響下に入り、1812年に現在のモルドバはロシアに割譲されたのです。第一次世界大戦後に再びルーマニア領に戻りましたが、1940年にモルドバはソビエト連邦に編入されます。そして1991年に、ソビエト連邦から独立したのです。

「沿ドニエストル共和国」の紋章(筆者撮影)

複雑な歴史的経緯は現在のモルドバにも影響しています。まず、モルドバには中央政府が全くコントロールできていない「沿ドニエストル共和国」があります。南部にはトルコ系でありながら正教徒のガガウズ人が多く住む「ガガウズ自治区」が存在しています。なお、「ガガウズ自治区」は中央政府の支配下に入っています。このようにモルドバは本当にミステリアスで知られざる国なのです。

看板はルーマニア語、日常会話はロシア語

今回のヨーロッパ旅の中で、私はルーマニアの北部のヤシという街からバスに乗り、モルドバの首都キシナウを目指しました。バスの中はラテン系のルーマニア語が飛び交います。私はロシア語を始めとするスラヴ語なら理解できますが、ルーマニア語はさっぱりわかりません。「モルドバでロシア語は通じるのかな…?」という不安な気持ちでバスから景色を眺めていました。

モルドバ領に入ってもバスの中は相変わらずルーマニア語が飛び交っています。ドライバーに渡す通貨は「モルドバ・レイ」。ルーマニアとモルドバは通貨の名称も同じなので、あまり国が変わったという実感はありませんでした。ヤシから3時間、ようやくバスはキシナウのバスターミナルに到着。街の中心がどの方角にあるかわからなかったので、思い切ってルーマニア語しか話さなかったドライバーにロシア語で聞いてみることに。すると、流暢なロシア語で教えてくれたではありませんか! 驚きと言葉が通じた喜びを同時に感じ、心が満たされました。

Photo credit: 芝野 愛梨「モルドバ・キシナウ 〜ソ連の面影を残す東欧の小国〜」

街に出てみると、通りの名前はルーマニア語で書かれています。しかし人々の会話に耳をすませてみると、ルーマニア語よりもロシア語のほうが多く聴こえます。ホステルのスタッフも基本的にロシア語で話していました。さらに、首都「キシナウ」という名前もロシア語読みの「キシニョフ」と呼ばれることのほうが断然多いのです。通りの名前や看板の表記はルーマニア語なのに、日常会話はロシア語。本当に頭が混乱します。

首都キシナウの見所は?

モルドバの首都キシナウは他のヨーロッパの首都のような、古風で豪華な建物はありません。しかしキシナウにも、見所はあります。

筆者撮影

まず外してはならないのが、ロシアの国民的詩人、プーシキンが住んでいた家です。当時、プーシキンは政治色を帯びた作品を発表し、そのせいで1820年にキシナウへ追放されたのです。ここでプーシキンは3年の日々を過ごしました。

地図を頼りに探したそこには、小さな家が建っていました。案内してくれたスタッフによると、「追放」と言ってもプーシキンはここでのんびりと過ごしていたようです。モルドバ人の詩人と交流し、一緒に旅行することもあったとか。大作『エヴゲーニイ・オネーギン』を書き始めたのも、ここキシナウなのです。

そして感動したのがスタッフの優しさと英語の冊子。聞き取りが苦手な私に配慮して、スタッフはゆっくりとしたロシア語で丁寧に案内してくれました。さらにそれぞれの部屋には英語の冊子まであったのです。おそらくここを訪れる観光客は多くないと思います。それでも観光客が来るときに備えて、英語の冊子を用意しているホスピタリティに感動を覚えました。

さいごに

モルドバの街を歩いていると、現地の人々は積極的に声をかけてくれます。モルドバの魅力は飾らず開放的なホスピタリティなのではと思いました。もし訪れる際はモルドバ人がオススメしてくれたギネス級の地下ワイン倉庫にも寄ってみてください。

ライター:新田浩之
Photo by:Shohei Watanabe「モルドバ ヨーロッパ最果て、ヨーロッパ最貧、大国に翻弄され続ける国。首都キシナウ。」

モルドバの旅行記はこちら

*芝野愛梨「モルドバ・キシナウ 〜ソ連の面影を残す東欧の小国〜」

*Shohei Watanabe「モルドバ ヨーロッパ最果て、ヨーロッパ最貧、大国に翻弄され続ける国。首都キシナウ。」

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