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「国立競技場はいっそ草地に戻してはどうか?」と浅田彰氏

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 新国立競技場の“やり直し”コンペが終了し、新たな設計者が決定した。しかし、白紙撤回された前回のコンペは日本の建築史上最大の汚点となるだろう。批評家・浅田彰氏が語る。

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 新国立競技場を巡る問題の責任は、修正を試みても予算を大幅に上回る見積もりを出し続けたゼネコンと、クライアントとしてそれを容認し続けたJSC(と文部科学省)にあることは明らかです。

 しかし悪いのは誇大妄想的なデザインにこだわるザハ・ハディドであり、無責任に彼女を選んだ安藤忠雄らであるかのような話がまかり通ってしまった。

 ザハ側は改めてのコンペに参加するつもりだった。しかし、今度のコンペは設計から施工まで一体となった案を競うことになり、そうなると事実上ゼネコンと組む形でしか参加できない。ザハらと組むゼネコンはなく、コンペから排除されます。

 新たなコンペには、隈研吾と組む大成建設チームと伊東豊雄と組む竹中工務店チームだけが参加することになった。二人もまさに「デザイン監修者」であって、主役はゼネコンの方でしょう。

 つまり、この問題に大きな責任をもっていたはずのゼネコンが結果的に得をし、「予算を無視して勝手な表現にこだわる芸術家気取りの建築家」(この紋切型はマス・メディアによって何度も繰り返されました)を差しおいてまんまと主役の座を獲得したということになります。

 この見直しに関して、「ザハ案のような巨大な建築ではなく明治神宮の森と調和するような建築を」といった批判が繰り返された。しかし、既存の文脈に合わせることを絶対化してしまうと大胆な建築が不可能になるということも意識しておくべきでしょう。

 昨今、建築の世界で「コミュニティ・デザイン」という言葉がよく聞かれます。コンサルタントのように地域の人々の要望を聞き出し設計する。一見、民主的に見えますが、施設の反対者も建築プロセスに巻き込んで異論をなくしているに過ぎません。

 コミュニティが思いもよらなかった大胆なアイディアを持ち込むのがデザイナーの役割なので、それを禁欲していては創造的な建築が生まれる余地はありません。

 日本の建築界は1964年東京五輪でも丹下健三設計の代々木競技場のような傑作を生んだ。しかし未来は暗いと言うほかありません。国際コンペでザハ案を選んでおきながら、首相が勝手にそれを白紙に戻し、日本人の案を選びなおす。そんな国を世界が信頼するでしょうか。

 そもそも五輪を返上してもらいたいところですが、それが無理なら、いっそのこと、更地に戻った国立競技場や周辺の地域を草地に戻してはどうでしょう? 現代美術家・杉本博司の言うように、そこに白墨で線を引き、走ったり跳んだりすればいい。

 簡単な仮設の観客席に収容できる観客だけがそれを観ればいいどうせ世界の観客はTVやインターネットで観ることになるのだから。それくらいラディカルなことができれば、世界も「日本というのはなかなか面白い国だ」と思うかもしれません。

●浅田彰(あさだ・あきら)/京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。現在、京都造形芸術大学教授。1983年に出版された『構造と力―記号論を超えて』がベストセラーに。1980、1990年代の思想界を牽引した。

※SAPIO2015年2月号


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