ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

出産直後、出血過多で遠のく意識。「3人で帰るんだからね!」と励まし続けた夫

DATE:
  • ガジェット通信を≫

2015年7月15日 14:18 2903gの女児を出産した。

この日を迎えることができたのは、主人や家族、職場の先輩同僚に支えがあったから。

感謝の意味をこめてこの体験記を書こうと思う。

28歳で結婚して、半年でできた我が子。

仕事も忙しく、立ち仕事ということもあり、6ヶ月で切迫早産となり入院。

一時、激痛で危ないこともあったけれど、抗生剤と子宮弛緩薬を点滴し退院後はすぐ仕事に復帰。

産休まで月の残業も40時間以上こなし、主人のお弁当作りなどしながらの妊婦生活だった。

よく雑誌などで『マタニティーライフ』などといわれるけれど、そんな楽しげな言葉とは程遠い忙しい毎日。

初めての妊娠と仕事でこれからのことも不安でいっぱいだった。

思いほか、妊娠しながらの仕事は大変だった。

つわり、貧血、お腹の張り。

そんな中、座っていいよ、少し休んだら?といつも私を気遣ってくれた職場のスタッフ。

皆さんには感謝の気持ちと産休で抜けて迷惑をかけている申し訳なさでいっぱいだ。

恵まれていることに、結婚の有無や出産経験あるなしにかかわらず、皆本当に優しい方が多く、職場に恵まれたなと心から思う。

あとで知ったが、不妊治療で子供を諦めた方がスタッフにいらした。その方が一番やさしくしてくださって本当に心の広い方だと頭が下がる。

妊娠9ヵ月で無事に産休に入り、引越しもあり、さらに切迫早産が進行。

子宮口もこの時点で2cm開いている。

妊娠9ヶ月はじめから、今日生まれてもおかしくないと医師から診察があったもののなかなかでてこないわが子。

もうすぐ予定日になろうとしていた39週と3日の午前4時ごろ破水し主人の運転で病院へ。

すでに陣痛はあるが、前期破水のため午前9時から誘発剤を使うことになった。

陣痛室で点滴開始後、薬の反応が良く、すぐに痛みが強くなった。

最初は主人としゃべる余裕もあり切迫早産のときの痛みの方が強いぐらいだった。

12時頃から陣痛の感覚も短くなり、痛みで嘔吐してしまう。

陣痛が進むと腹部よりも腰部の痛みがつらく、主人もテニスボールを当ててくれたり、一緒にがんばってくれた。

例えて言うと、ものすごい下痢をずっと我慢しているような痛みで、力めないのがなにより辛かった。

陣痛も進み、14時頃前に分娩室へ。

破水した午前4時から10時間以上経っていたこともあり、子宮収縮時の胎児心拍が落ちているとのことで急遽、腹部を圧迫しての吸引分娩になった。

次の陣痛で出します、と小児科医より声かけあり。

陣痛とともに腹部を医師たちが圧迫し、お腹がへこんでいくのが見えた。

ほどなく元気な産声が聞こえた。

我が子は酸素飽和度が低下しているとのことで、小児科医にすぐにつれていかれ、会えないままだった。

私は出産が終わり、痛みから解放された安堵感でほっとしていた。

主人も私の隣で我が子の誕生にとても興奮して喜んでいた。

ところが、私の出産の山場はここからだった。

なんだか寒いなと思っていたら、急にガタガタと震えが止まらなくなった。

声もほとんどでない。

意識も遠退いて、主人が異変に気づき、産科医たちに『なんとかして!』と珍しく大きな声を出している。

血圧も50/30まで低下。出血量1087mL。

ショック状態だ。

救急カートが運ばれ、昇圧剤を投与された。

医療従事者である私は医師たちの会話や投与されている薬剤名で少し状況がわかる。

私は薄れる意識の中、

“子供の性別も知らないな、

ドラマみたいに助産師さんからおめでとうございますって言われてないけど産声は元気だから子供はきっと元気だろうな”と思いながら、

もしものことがあったらと思い、主人に『ありがとう』とささやいた。

主人は私に『3人で帰るんだからね!』と何度も励まし続けてくれた。

2時間ほど私の処置があり、私は意識も戻ったが、血圧は低いままで起きられず 、車イスで新生児室の我が子に会えたのは、産後8時間以上経ってからだった。

娘の呼吸状態は安定しているが、分娩時の圧迫の影響で、娘は左鎖骨を骨折していると。

ようやく保育器の中にいる娘に会うことができた時、涙が止まらなかった。

今まで妊婦の頃の仕事の大変さ、出産の痛み、私の急変。

主人が一生懸命励ましてくれたこと。

そして今、三人家族になった。

生まれてきてくれてありがとうと娘に話しかけられる幸せ。

そんな想いが、保育器の小さくてつぶれてしまいそうな命の前で込み上げてきた。

それから早4ヶ月。

育児一色の毎日である。

生後1ヶ月から始めた保育園見学。

都内の保育園探しもなかなか厳しい。

泣き止まず、イライラしてしまう自分に自己嫌悪になることも多い。

仕事、結婚、妊娠、出産、保育園活動に

家事育児。。。

女の人の人生は障害物競争のようだとつくづく思う。

でも娘が生まれたときの気持ちを忘れず

主人とたくさん笑って子育てしていきたい。

どんな出産もすべて奇跡。

ありがとう、生まれてきてくれて。

著者:えいちゃん

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

関連記事リンク(外部サイト)

「お腹が張る」という感覚がよく分からないまま、妊娠8ヶ月で切迫早産…引き継ぎも出産準備もままならず
検診で指摘されたお腹の張り。入浴NG、トイレは車いす…病院での絶対安静生活
赤ちゃんの頭が触れる!? 自分だけは大丈夫と思っていたのに、25週で切迫早産に!

赤すぐnet みんなの体験記の記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP