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元猿岩石森脇 先輩芸人の「芸能界甘くない」に「有り難い」

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 有吉弘行とともに猿岩石を結成し、1990年代の人気番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)の企画、「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の旅で大ブレイクした森脇和成(41才)。2004年に芸能界を引退していたが、今年、11年ぶりに芸能界に復帰した。戻ってきたきっかけや、復帰初仕事の失敗談、先輩芸人からの苦言について本人に聞いた。

――芸能界復帰のきっかけは何だったんですか?

森脇:理由はたくさんあります。結果から言うと、流れでそうなったんです。サラリーマンをやっていたときに勤めていた輸入卸会社の社長さんに「うちの会社にいてもしんどそうだし、向いてないんじゃない? もう1回やったら?」と勧められたのがひとつ。

 約2年前に離婚をして、身軽になったのもあります。元々サラリーマンになったのは、結婚して子供ができて、真面目にずっとできる、かたい仕事をしようと思ったことですから。

――芸能界に復帰して、喜んでくれた人もいたと思いますが。

森脇:誰だろう…喜んでいる人、身近ではいないと思います。親はサラリーマンだったほうが良かったと思うし…。

――土田晃之さんがラジオで「芸能界は甘くない」と苦言を呈していましたが、どう受け止めましたか?

森脇:その通りだと思います。一般社会も、芸能界も甘くないですからね。どこに行ったって甘くない。ぼくは土田さんのコメントは、厳しい先輩のアドバイスだと受け止めています。

――初めてそのコメントを知ったのはネットで?

森脇:ネットニュースで見ましたが、ありがたいことに、ぼくより先に気づいたかたから、こういうことを言われてたぞ、って教えてもらえるんです(苦笑)。でも、厳しいことを言ってもらえるのはありがたいですよね、シカトじゃないわけですから。ご意見番的なかたに反応してもらえただけでも、ぼくは嬉しかったです。

――復帰一発目のお仕事は、緊張したんじゃないですか。

森脇:10月の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)だったんですけど、緊張しかしなかったです。手ごたえもなにもなかったですね。緊張して、あまりしゃべれなかったんで。ブランクも感じました。

――さんまさんに、なにか言われましたか?

森脇:終わってから、「緊張してたな。頑張れよ」って言っていただきました。

――復帰前に出演した7月放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)は勢いがあって面白かったです。

森脇:あれは一人でしゃべるので、できましたけど。やっぱりたくさんの芸能人がいる中で、自分が前に出ていくのは大変ですね。『さんま御殿』は台本もほぼありませんし。

――厳しいと感じましたか?

森脇:もちろん。厳しさを知っているつもりだったんですけど、改めて厳しい世界だなと感じました。ツッコミ出身だというのもあるので、元々前に出るほうではないんです。ネタは用意して行ったんですけど、出すタイミングをつかめませんでした。

――11年前と、芸能界が変わったところはありましたか?
 
森脇:番組を作るにあたってのアンケートが激しくなっていますね。昔はもっと簡単だったんですけど、事細かく求められるというか。でも、ほかはあまり変化は感じませんでした。

――周りの芸人さんたち、共演者たちも変わっていない?

森脇:そんなに変わってないですよ。あまり話もしていないんですけどね。

――11年の間に、芸能人との付き合いは?

森脇:ゼロです。猿岩石のときは同じ事務所の芸人さんとしか遊んでいなかったので。芸能界辞めてから有吉と会ったのも、偶然、寿司屋で会った1回だけで、連絡はとりませんでした。

――サラリーマン時代に、復帰の誘いが何度もあったんじゃないですか。

森脇:番組オファーは、『しくじり先生』を入れて4回。でも芸能界に戻らないかという話はなかったですよ。

――復帰して、一番つらかったことは何ですか?

森脇:入り口すぎて壁にもぶち当たっていないというか。別に芸能界だけが厳しいわけじゃないじゃないですか。一般社会も厳しいところだったので、そういうところが今後の活動の中で生かせればいいなと思います。

――逆に、よかったことは?

森脇:まだ何の成果も出ていないので、何もよかったことはないんですけども。苦手なブログを始めてみたら、応援のコメントをいただいたりして、そういうのを励みに頑張っています。

 まだ楽しんでいる余裕はありません。バラエティーでお声がけいただいて、やらせていただいているんですけど。やらせていただけるなら何でもやろうという気持ちがあるので、いろんなことに挑戦していきたいと思います。

【森脇和成】
1974年8月1日生まれ。広島県出身。幼馴染みの有吉弘行と、オール巨人の弟子入りを経て、1994年に『猿岩石』を結成。1996年、『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で大ブレイク。帰国後に発売した曲『白い雲のように』がミリオンセラーとなり、1997年に『第39回日本レコード大賞』新人賞を受賞。2004年にコンビを解散し、芸能界を引退。今年10月に芸能活動を再開した。

撮影■田中麻以


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