ガジェット通信 GetNews

見たことのないものを見に行こう

一日でも長く、おなかの中で育って!予想外の双子妊娠、約5か月の管理入院

DATE:
  • ガジェット通信 GetNewsを≫

f:id:akasuguope01:20150918033022j:plain

心臓がふたつ見える

今日は心拍確認の日、どうか心臓が動いていますように……。

前回の検査で胎嚢の形がおかしいから安静にという指示をもらい、びくびくしながらの一週間。

無事でありますように! と強く願ったり、考えてもどうしようもないことだから悩まず雑事に没入しようとしたり、気持ちがグラグラ揺れていました。

緊張しながらも、ええい、ままよ! と乗った診察台。

すると、エコー画像に、全く予想していなかったものが見えました。

クリオネらしきもの(胎児)がふたつ、そしてそれぞれの心臓らしきものがピコピコと動いています。

「双子だね。心拍も強く打っているし、おめでとう」

医師の言葉に

「ありがとうございます」

とうなずきつつ、

うん? よかった、心臓動いていた。

しかし、双子? うん? と頭の中は混乱していました。

ともかくびっくりしたに尽きます。

ハッピーだけではいられない、双子妊娠はリスクの山

全く想像をしていなかった双子妊娠。

妊娠できた! というハッピー感もさめやらぬうちに、先生から、双子妊娠に伴う様々なリスクを立て続けに説明されました。

早産、妊娠高血圧、妊娠糖尿病ほかもろもろ。

そして双子妊婦の約70%が管理入院を経験し、だいたい妊娠8か月になったら入院する心づもりをしておいたほうがいいと。

矢継ぎ早に気の重くなる話をされて、その時は、ともかく生きて生まれてきてくれますように……と思うのが精一杯でした。

そして、膜性診断で一絨毛膜二羊膜、一卵性双生児であることがわかり、妊娠4か月目に個人病院から周産期母子医療センターのある大学病院へ転院。

5か月目に入る前に、1子と2子の羊水量の差が急に大きくなりはじめたため、急遽入院となりました。

リスクの中で一番恐れていた「双胎間輸血症候群」の疑いがでたのです。

管理入院の日々

双胎間輸血症候群はひとつの胎盤を共有している胎児の間で血液量のバランスが不均衡になり、両児とも予後不良となる可能性が高い病気です。

2児の羊水深度の差が手術適応範囲になれば胎児に対してのレーザー治療ができるのですが、日本でこの手術を行えるのは10施設もありません。

私の入院していた病院でも行えない手術でした。

私は手術適応となる羊水量の差に達したら即転院して即手術と告げられ、毎日エコー検査で羊水深度をはかり、今日は適応にならなかった、このままどれくらい妊娠継続できるのだろうかと思い悩む日々を過ごしました。

手術は妊娠26週目までの間しか行えず、それ以降に症状が悪化したら帝王切開で出産、保育器で育てることになります。

とにかく26週目まで無事に過ごすことを目標に定め、悲しんでも仕方がない、自分にはどうしようもない、子供たちにもどうしようもない、毎日を普段通りに過ごそうと、大部屋の中の限られたスペースで、自分なりにのんびりと過ごすことにしました。

毎日が長く感じました。私は点滴を受けていなかったので自由に動けましたが、朝、昼、夕、夜の心拍確認、午前、午後のノンストレステスト、そしてその日によって何時に行うかわからないエコー検査と盛りだくさん。

特にエコー検査は先生のスケジュール次第なので、夜の8時に先生が

「やっと時間できたわ……」

と来ることもありました。

なので、なかなかベッドを離れることもできず、基本的には、ベッドでゴロゴロと待つのみです。

この入院生活は5か月に及びましたが、とにかくぼーっとするか、読書をするか、持ち込んだパソコンで映画を見たり、ネットサーフィンしたりして過ごしました。

無事に生まれるのかという不安と、生まれた後の育児について、これでもかというほど考えて考えて、考え過ぎて疲れました。

病室はいつも気温が一定ですが、窓側のベッドだったので季節が移っていくのがわかります。

ちょうど秋から冬に変わる時で、窓ガラスが日に日に冷たくなっていったのを覚えています。

お腹の中では、子供たちが毎日少しずつ育っていました。

1日でも長く、おなかの中で育って欲しいと願っていました。

無事出産へ

双胎間輸血症候群の疑い有りと言われてから、どんなシビアなことも乗り越えるという覚悟を腹に入院してきましたが、結果、正産期1日目まで妊娠を継続することができました。

出産は破水からの帝王切開でしたが、入院当初500g程度だった2人が2000g弱まで成長してくれていました。

こんなに大きく育ってから出産できるなんて、双子を妊娠することと同じくらい予想しておらず、ラッキーとしか言いようがありません。

助産師さんもなかなかないね、よかったねと言ってくれました。

出産後、私の病名はselective IUGR胎児発育不全を伴う一絨毛膜双胎 と付けられました。

子どもたちは、小さく生まれたものの、元気に育っています。

ともかく生きて生まれてきてくれればと願っていた妊娠中の想いが叶いました。

今は、二人の赤ちゃんのお世話で怒涛の毎日ですが、あの頃の不安を思えば、なんて幸せなのだろうとがんばっています。

f:id:akasuguope02:20151221235320j:plain

著者:シオモミ

年齢:35歳

子どもの年齢:1歳7か月の双子

夫の転勤を機に出版社を退職、京都へ引っ越したが即双子を妊娠。観光をする余裕もなく現在一卵性双子男児の育児にあたふた過ごしている。好きなものはマンガ、映画、本、アニメ、お酒。この一杯のために生きている系で、家にビールサーバーを置くのが夢。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

関連記事リンク(外部サイト)

順調そのものの出産、でもその後まさかの転院に! 入院準備は慎重になりすぎて良し
妊娠23w 切迫早産
大量出血のリスク。前置胎盤の診断、自宅安静から入院…そして出産まで

赤すぐnet みんなの体験記の記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。