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仕事一筋で10年以上!…でも転機に赤ちゃんがやってきた。わたし、これからどうする?

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わたし、子ども産むのかな?

出産・育児と仕事の両立を視野に入れて生活設計をしている方には笑われてしまうと思いますが、わたしは結婚するまで10年以上、仕事最優先の生活をしていました。

勤務先は少人数の広告代理店。仕事の内容は好きでしたが、土日も深夜も関係なく、宿泊出張もたびたびある状態。

30歳を過ぎ、地元の友達はみんな結婚して子どもに恵まれ、逆に晩婚の先輩からは不妊治療の大変さを聞くようになった頃。

当時付き合っていた今の夫との結婚話が持ち上がったのと、仕事で昇格したのが重なり、月並みですが、今後の身の振り方を非常に悩みました。

今の自分の仕事の仕方は、とても産後に育児と両立できるやり方とは思えない。

このままいくと、わたしは子どもを産むことがあるんだろうか?

産んだら、どこに住んで、どうやって育てるの?仕事はどうするの?

社内には女性の先輩はおらず、ロールモデルどころか進路の相談をする相手も見当たらない状況。

男性社員は何人も育ててきた上司も、わたしのことは持て余していたのかもしれません。

そうして結婚の準備を進めていた矢先、赤ちゃんを授かりました。

諸手を上げて喜ぶ夫を横目で見つつ、わたしは複雑な気持ちでした。

どう脳内シミュレーションしても、仕事と育児が両立できるイメージが持てない。

今後について相談する相手もいないまま、それなりにプレッシャーの強い職場で、これからも働き続けていくこと自体に限界を感じてもいたのだと思います。

熱を出し赤い顔で泣く赤ちゃんを「今日はどうしても休めないのに、なんで熱出すの!」と八つ当たりしている自分が容易に想像できて…退職を決めました。

その頃のわたしの生活を見ていた友達に、「赤ちゃんが助けにきてくれたんだから、少し仕事から離れたほうがいい」と言われたのを覚えています。

退職する、と決めてから

社内調整と残務処理の日々。

といっても周囲へ結婚の報告をする前の妊娠だったこともあり、周りに迷惑をかけ、わたし自身も辛い思いをしながらの引き継ぎでした。

クライアントへは妊娠していることを伝えないよう口止めされ、そのため、妊娠4ヶ月頃まで、脚立に上って作業したり、寒い現場で立ちっぱなしで立ち合いをしたり…と、いつも通りの動きをせざるを得ませんでした。

デスクワーク中は、吐きづわりこそないものの、強烈な眠りづわりに悩まされました。

一人で作業しているときは言うに及ばず、電話しながら、時には人と面と向かって話しながらでも船を漕いでしまいそうなほどの眠気に襲われ、どうしようもない時はトイレの個室に籠って無理矢理仮眠。

余談ですが、この頃に夫が「赤ちゃんどんな感じ?」と無邪気に聞いてくるたび、「あなたは仕事も住む環境もほとんど変わらずにいろいろ手に入っていいよね、わたしは今まで積んできたもの全部捨てるのに」と思ってしまったこともありました。

今にして思えば、夫も気ままな一人暮らしから、急に妻子を養う大黒柱の任について、大変だったはずなんですけどね。

そうこうしながらも、幸いお腹の赤ちゃんはすくすく育ち、妊娠7ヶ月で退職しました。

退職、そして出産前後

退職から出産までの間は、赤ちゃんを迎えるにあたっての準備や、結婚と転居に伴う大量の手続きに追われ、あっという間でした。

出産に伴って支給される諸手当のうち、退職後も夫の扶養に入る形で受給できるものと、出産日より一定日数以上前に退職すると受給できないものがありました。

これらの知識も、退職前にもっと良く理解して計画的に動けていたら…と残念でしたが、後悔先に立たず。

急にほとんど家にいる生活になってしまったので、ときどき元仕事仲間から打診のあった作業のお手伝いなどを引き受けていました。

これが実は産後のお仕事への糸口になりますが、それはさておきまずは出産。産前の負荷の割には、元気いっぱいで産まれてきてくれたことには感謝しかありません。

柔軟なワークスタイルを目指して…フリーランスに挑戦

いざ出産してみると、毎日慣れない赤ちゃんの世話と寝不足で、自分のことなどしている余裕がない!ということが分かりました。

「産後に落ち着いたら情報収集して、1歳くらいから保育園に預けて働こうかな…」などと漠然と考えていましたが、その情報収集すら、満足にする余裕がありません。

また、「就活は子どもを預けないとできないが、就職していないと保育園に入れない」というパラドックスのような現実にぶつかったのもこの時。

そうこうしているうちに、子どもの人見知りが始まってしまい、わたしと夫のどちらかがいないと大泣きで、一時預かりどころか祖父母に預けることもできなくなってしまいました。

「育児中は無理して働かなくても…」という周囲の声に頷きつつも、10年自活してきた身にとっては、自分のものを夫の収入から買うことにも抵抗感があります。

それに、やはり少しでもいいから、仕事を通して社会とつながっていたい。置いてきぼりにされそうな怖さもありました。

そこで、産後もわずかずつ続けていた、前述した在宅での元仕事仲間のお手伝い。

これを自分で営業して受注する形で、本当に細々ではありますが、在宅で開業という形を考えはじめました。

今後、子どもが幼児→幼稚園→小学校、と育っていって、その度母親に要求される役割や時間的制約が変わっても、フリーランスなら自分で仕事量を調整できるかも、と見込んでのことです。

実際の開業は、産前産後に受給せずに延長手続きをしておいた失業保険を、先に受給してからにしました。

曲がりなりにも10年近く会社勤めをしていたので、多少なりともまとまった金額になっていて、これを子どもの当座の幼稚園費用に充てようと決めました。

そして、まずは「幼稚園にかかる費用分を稼ぐ」を、今後しばらくの仕事の目標にしました。

産後約3年、その間働き方について様々に考え、後悔や残念な思いも多くありましたが、「環境が変わっても働き続ける」というイメージを持てたことは、悩んだ末の収穫だったと思います。

今後どうなるかもわからないことだらけですが、柔軟に考える姿勢を忘れず、なるべく楽しく育児も仕事も続けていきたいと思います。

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著者:kinoko

年齢:37歳

子どもの年齢:2歳9ヶ月

ワーカホリック状態の20代を経て、30代半ばで育児ワールドへ。これまでの常識を毎日覆されながら、子どもと一緒に成長中…だといいなあ。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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