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自分も、赤ちゃん返りの上の子までも責めてしまう気持ち…流産から心が癒えるまで

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長女が二歳の誕生日を迎えた頃、私は生理が遅れているのに気付きました。

計画的な子作りに励んでいたわけではなかったので、喜びと同時に多少の不安も感じてはいました。

早速、薬局で妊娠検査薬を買い、夜、長女が眠りについた後試してみることにし、ブルーの縦線がはっきり見えた時は、不安な気持ちは吹き飛び、只々嬉しい気持ちでいっぱいでした。

私の嬉しい気持ちとは裏腹に、長女はまさに魔の二歳ということもあり、私のほうも接し方に神経質になっていたので、妊娠をした事はしばらく黙っていました。

産婦人科に行き、五週目に入っていると伝えられ、いつもと変わらない日常が急に輝いて見えたのでした。

まだ長女に妊娠を伝えていませんでしたが、不思議なものです。

子供には伝わるようですね。

しかしそれは、喜びとして伝わるのではなく、不安として伝わってしまったようです

二歳の娘は急に赤ちゃん返りをし始めたのです。何をするにも、できない、できない、とごねだし、外を歩けば抱っこ、抱っことせがむばかり。

妊娠初期で多少のつわりが始まってきた体には、正直とても辛いものがありました。

そのうち、娘と二人だけで過ごすのも苦痛になり、イライラすることも多くなりました。

そんなある日の事です。

下腹に嫌な痛みを感じ急いでトイレへ行くと、やはり、出血していました。

次の日が検診日だったので、その日は一日静かに過ごしていましたが、頭の中は色々な想いが巡っていました。

夢のように描いていた、きょうだい二人で仲良く遊んでいる姿、家族が増えて、新しいダイニングテーブルを買い変え、賑やかに夕食を食べている姿…。

すべてが消えていってしまうような悲しみと、まだダメになってしまったわけではないよ、頑張って、頑張るんだよ、というやるせない気持ち。

心がかき乱され、長く苦しい夜を眠れないまま朝まで耐えました。

朝一番で病院に行き、検査をしてもらうと、やはりもうお腹に赤ちゃんはいませんでした。

本当ならそろそろ聞こえるはずの、心音すら聞く事は出来ませんでした。

悲しさのあまり、誰とも話したくはない。

話をするどころか、誰の顔も娘の顔も見たくなく、小さな命を消してしまった自分を、そして、妊娠初期の大切な体にわがままを沢山いい、無理をさせた娘までも責める気持ちになってしまいました。

もちろん娘は何も悪くはありません。

この妊娠初期の流産は母体のせいではなく、赤ちゃんの強さの問題で、赤ちゃん自身が選んだものだ、という先生、そして助産婦さんの言葉に励まされ、心の傷は徐々に癒えました。

あれから二年経ち、現在は二人の子供に恵まれ、いつか夢にみた、賑やかな家族揃った夕食を楽しんでいます。

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著者:charot

年齢:40歳

子どもの年齢:1歳と5歳

育児ストレスやプチノイローゼを乗り越え、現在二児の母 母と子が共にハッピーに暮らせる毎日を模索中。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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