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見えてきた別世界 − 陸路の国境越えで文化の違いを知った

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Photo credit: Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」

Photo credit: Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」

こんにちは、TRiPORTライターの天野です。
一年間海外を旅していた僕は、たくさんの国境を越えました。いま振り返るといろんな出来事がありましたが、飛行機を使わない国境越えは面白いものです。島国の日本は他国と陸地で国境を接していないので、なかなかイメージしづらいかもしれませんね。

今回は僕がヨルダンからイスラエルに入ったときの、スリリングで文化の落差を感じた国境越えについて書きたいと思います。

国境越えから得られるものとは?

国境越えのなにが面白いかというと、大きく以下の2つがあると思います。

・スリリングな緊張感を味わえる
・2つの国の違いに気がつく

「スリリングな緊張感を味わえる」というのは、不謹慎なようですが、一年間旅をしていると、刺激的であるはずの「旅」という非日常が日常になります。次第に大抵の刺激には慣れてしまうのです。それゆえ刺激を求めて未知の国や地域に行ってみたり、厳しいとされる国境を越えてみたくなったり…。もちろん安全第一ですが、長旅の最大の敵は退屈なのです。

そしてもう一つの「2つの国の違いに気がつく」というのは、実際に行ってみないとわかりにくいもの。例えばカザフスタンとウズベキスタン、名前も似ているので、どこがどう違うのか、行く前は違いがわかりませんでした。しかし行ってみたら人種、物価、文化など、細かい部分まで違う国だと実感したのです。違いを肌で感じられるところが国境越えの面白さだと思います。

2時間も待たされた国境越え

ヨルダンの名所「ペトラ遺跡」を出て、南部アカバからイスラエル国境を目指しました。イスラエルは世界一入国管理が厳しいと言われていて、パスポートにイスラエルと敵対している国のスタンプがあると、別室で2〜3時間は拘束されるという噂がありました。

国境を越えるとき、僕のパスポートには敵対国イランのスタンプが…。国境の窓口で女性係官にいくつか質問をされた後、「あなたイランのスタンプを持っているわね!」と嫌な顔をして言われ、案の定、別室へ連れて行かれました。

ここで僕は、閑散とした入国管理所の屋外に約2時間放置され、複数の係官から同じ尋問を受けました。おそらく回答にブレがないか試すためでしょう。

最初の一人は穏やかで友好的な小柄の女性でした。質問内容は僕の経歴、旅の目的、イランでどう過ごし、イラン人の知り合いはいるかなど。イランのことと、イスラエルでの滞在予定については特に細かく質問された気がします。

彼女は僕がフランス文学を学んでいたと知ると嬉しそうに微笑み、「私はフランスで生まれて移民してきたの。母国語はフランス語だわ」と言いました。イスラエルは(ユダヤ人限定の)移民国家なんだな、と改めて実感するような出来事でした。

もう一人の若い女性係官は早口で高圧的な態度。彼女はノートを取りながらフランス系ユダヤの彼女と同じ質問をしてきました。ノートにはヘブライ語で右から左へ筆を進めながらメモ。アラビア語も右から左へ書くので、2つの言語はやはり似ていると思いました。

人通りのない閑散とした国境で待たされた2時間のうち、取り調べは30分程で、残りの1時間半はただ放置されていました。噂には聞いてましたが、やれやれという感じです。
Photo credit: Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」

Photo credit: Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」

越えた先に見えてきた別世界

やっとの思いで入国し、タクシーに乗りってエイラットという場所に向かいましたが、その車内でアラブとは違う文化圏に入ったことを思い知らされました。車内にかかっていた音楽がUKロックだったのです。アラブでは、太い男声のイスラムの宗教歌がかかっているのが普通でした。

更に到着したエイラットという街がヨーロッパナイズされた快適なビーチリゾートで、水着姿のヨーロッパ人観光客、発展した街並み、そして大きなショッピングモールもあり、ショックを受けました。いずれもヨルダンにはなかったものだったからです。
Photo credit: Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」

Photo credit: Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」

戦時体制の中のリゾート

特徴的だったのは、街なかにある軍民共用の空港と、あちこちにあるシェルター。空港が街のど真ん中にあることに驚き、シェルターはここにいつロケット弾が着弾してもおかしくないことを示唆していました。常に戦時下にあるイスラエルらしい光景です。ただ、そんな場所であると同時に、欧米人のビーチリゾートでもあることに、大きな違和感を覚えました。

ヨルダンから入ったイスラエル南部のエイラットは、まるで中東に忽然と現れた分厚い壁の中で守られながら繁栄しているヨーロッパの出張所のようでした。物価もヨルダンと比べて急に高くなり、日本より少し高いくらいです。

本来、国境とは人間が便宜上引いた単なる線のはずなのですが、それがこれほどの落差を生み出すとは…。僕はなんだか国境というものの恐さを感じ、「国境のない世界という理想は簡単に掲げられるけれど、実現するとなると…?」と、いう疑問が浮かんでしまいました。

もし僕が空路でイスラエルに入国したら、こんな感想は持たなかったでしょう。陸路の国境越えは、旅行者にまた違った角度からの見方を提供してくれます。ぜひ体験してみてください。

ライター:Masashi Amano
Photo by: Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」

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*Masashi Amano「ヨルダンからイスラエルへ。文化の壁と断絶を痛感した国境越え」
*Masashi Amano「パレスチナ自治区。ヘブロン。不法なユダヤ人入植の実態。分離壁。ゲート。鉄条網」

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