ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

ゆるキャラで哲学を図解!? 10万部突破のベストセラー『哲学用語図鑑』誕生秘話

DATE:
  • ガジェット通信を≫

2015年3月に出版された『哲学用語図鑑』(プレジデント社)が、版を重ねてロングセラーとなっている。「哲学」という一見固いテーマの書籍がなぜここまで受け入れられているのか。書籍ができた背景や制作中のエピソード、「ビジネスパーソンにすすめたい哲学用語」を著者の田中正人さん(写真左)、編集・監修の斎藤哲也さん(写真右)に伺った。

出版される確証もないままに、制作をはじめた

――出版されて以来、発行部数は10万部を超えたとのことですが、周りの反響はいかがですか?

田中正人さん(以下、田中):僕は……あまり変わらないですね。特にSNSもやっていませんし、反響が直接伝わってきませんので(笑)。

斎藤哲也さん(以下、斎藤):でも、書店員のかたにとても喜んでいただいているのが実感としてはありますね。佇まいとしてすごく「物質的」というか、パラパラと立ち読みすると、すごく「読ませる」ものになっているというか。

田中:確かに「プロダクト感」みたいなものは大切にしましたよね。

――田中さんはもともとグラフィックデザイナーとして活動されていて、書籍の企画や装丁、制作にも携わっているとのことですが、そもそもなぜこういった「哲学書」を書くことになったのでしょうか?

田中:祖父が読書家だったので、実家に洋書や哲学書がたくさんあって、小さなころから気になっていたんです。高校生くらいになると読めそうなものから手に取ったり、イギリス留学中に本を読む機会も多かったので、実家に帰ると改めて読み返したりしていました。何か特別なきっかけがあったわけではないんですが……ちょっと話は変わりますけど、グラフィックデザイナーとして仕事をしていますが、打ち合わせをしているとき、僕が見ている色や形と相手が見ている色や形は、本当に同じなんだろうかと思うことがあるんです。実は違ったまま通じあっているだけなんじゃないかと。そのことを捉えようとしたときに、哲学的な考えがしっくりきたというか。その考えかたを可視化できたらいいなと思ったんです。

著者でグラフィックデザイナーの田中正人さん

斎藤:本人を前にして言うのもなんですけど、田中さんってすごく「視覚的な」人間なんですよ。

田中:……本を読むときに図を書いて理解したり、あと電話番号を覚えるときに、ボタンの位置関係とか形で覚えたりしますね。けっこう誰でもそうしません?

斎藤:いやいや、それはあまりないですよ(笑)。

田中:それでまぁ、僕は哲学者でもなんでもないので、「本を出したい」と言っても出してもらえないだろうから……。

斎藤:このご時世、哲学者でもなかなか出せませんよね(笑)。

田中:逆に言うと、「こういう内容です」というものがあれば、出版してもらえる可能性があるかな?と思って、とりあえず作りはじめたんです。

――本になる確証がないままに制作をはじめたんですか?

田中:そうですね。出版社の担当編集さんには以前、会食の席で「こういう本を作りたくて」とは話していて、「じゃあ、できあがったら見せてね」みたいな口約束はあったんですけど。本業の合間に半ば趣味みたいなかたちで、会社のスタッフに協力してもらいながら制作していました。2年くらいかけてできるところまで書いて、それで出版社に持ち込んだんです。

斎藤:そこから僕が監修と編集に入った、という感じですね。僕が最初に打ち合わせに行った時点で既に7割方は出来上がっていました。

編集・監修を担当した編集者・ライターの斎藤哲也さん

哲学書だけれど「自己啓発本」ではない!

――巻末の膨大な参考文献を見てもわかりますが、古代から現代までの哲学者たちをこれだけ網羅して、しかもわかりやすく図解されていて、パラパラとめくっただけでこの本のすごさが伝わってきます。どの哲学者や用語を紹介するのかはどうやって決めたのですか?

田中:それは僕が決めました。もともとは現代哲学をメインに取り扱いたかったんですけど、アカデミックな体系に沿わないと伝わらないですし、古代のほうがやはり重要なのでしっかり押さえつつ、あとは高校の倫理の教科書も参考にして。

斎藤:倫理の教科書って、実は西洋哲学の入門的な内容をうまく押さえているので、それに加えて足りない部分を付け足していって完成したという感じですね。

――「哲学を知りたい」と思っていても、あまりに多くの哲学者がいるので、どこから手を付けたらいいかわからないひとも多いのではないかと思います。

田中:個人的には、古代から入ったほうがいいと思うんですけどね。連ドラとかアニメとかもそうですけど、途中から見たらわからないじゃないですか。それと同じというか。

斎藤:確かに古代から読むのが一番いいんだろうけど、この本ならどこから読んでも楽しめるし、そのなかで自分の好きな哲学者を探したり、間口が広い本として受け入れられている感じはありますよね。今までの哲学書のベストセラーとは違う売れかたをしている気がするんですよ。『ソフィーの世界』や『14歳からの哲学(考えるための教科書)』とかは「自分探し」「人生論」として読まれていますよね。「私はだれ?」「君はどう生きるのか?」みたいな。『超訳 ニーチェの言葉』もある種自己啓発ですし。けれども『哲学用語図鑑』にはあまり自己啓発の要素ってないよね。

田中:まったくと言っていいほどないですよね。関係ない。

斎藤:むしろ、その網羅性に意味があるのかもしれません。

――読んでいて不思議だったのですが、解説文と図解が渾然一体となっている感覚があったんです。

斎藤:そもそもデザイナーが哲学書を書くっていうこと自体が前代未聞だと思うんです。普通はまず原稿があって、それに対してどう図解するかを考えるじゃないですか。田中さんの場合は違うんですよ。まず最初に、図があるんです。そしてそれを埋めるために言葉があるという感じなんですよね。

田中:本当は図だけでも良かったんですよ。

一同笑

田中:通常、書籍にイラストを使う場合、イラストを書いてから、レイアウトに合わせてデザイナーが配置する際に拡大や縮小をするので、線の太さが変わってしまう。けれども今回はそうならないように、レイアウトしてからイラストの下書きをその場所に入れて、あとからペン入れをしているので、線の太さは全部同じになっています。

――『哲学用語図鑑』の作りかた自体が、通常の書籍の作りかたと違うんですね。

斎藤:僕が編集監修にあたって気を遣ったのは、普通、哲学入門書みたいなものでも、監修は大学教授や研究者が担当すると思うんですよ。けれどもこの本は、かなり噛み砕いているわけじゃないですか。専門家が見たら「この言葉遣いはどうだろう?」って指摘するような部分もあると思う。けれどもそういうものも含めて、あえて「その言葉を使わないと伝わらない」っていうのがあって、そこが田中さんの持ち味なんです。なるべく田中さんの言葉を活かしつつ、解釈が間違っている部分などは指摘しつつ、そのさじ加減を決める役割を担った、という感じですね。

田中:でも斎藤さんのチェックが入ったことで、ちゃんとパズルが組み合わさったという感覚がありましたね。削ぎ落としすぎてしまったところも、ちゃんと言葉を入れてくれた、みたいな。


ビジネスにも当てはまる哲学の考えかた

――全部で200近くもの哲学用語が図解されていますが、おふたりが好きな言葉、共感している用語はなにかありますか?

斎藤:……僕からいい? アリストテレスの「中庸」という考えかたなんだけど、「ひとが幸せに暮らすためには中庸の精神が重要だ」という。本のなかでは「勇気」がありすぎると「無謀」になるし、なさすぎると「臆病」になると図解してあるけど、これは本当に、何事もそうだなと思っていて。過剰と過小、どちらでもバランスが悪い。「ぼちぼちでいいんじゃない?」と、アリストテレスのような大天才が言っているところがおもしろいですよね。

田中:僕は……ウィトゲンシュタインの「家族的類似」ですかね。たとえば家族写真があって、すべてのひとに見られる共通点はなくても、おじいさんと孫、お母さんと子どもはそれぞれ似ているところがあるから、全体としてなんとなく似ているように見えるという。それは考えかたにも応用できて、逆に同じ言葉を使っていても、共通点がまったくない場合もある。たとえば会社だと、ちゃんと言葉の定義を決めて会議をしないと、10名いたら10名それぞれの定義が違っている場合もあるわけですから。

――確かに、ビジネスの現場ではよくあることですよね。そもそもの定義が食い違っていて、同じ目標に向かっていけない、とか。他にもビジネスやキャリアに役立ちそうな用語はありますか?

田中:まぁあえてすべてを貫く法則があるとしたら、ヘラクレイトスの「万物は流転する」ですかね。あらゆるものが変化するのだから、失敗してもあまり執着しなくていいんじゃないかと。自分自身も変わっているし、その対象も、周りも変わっているんだ、っていう。西洋哲学の範疇だけれども、シャカの「諸行無常」に通じるような、仏教思想とも重なる考えかたですよね。

斎藤:そこから入るかぁ。仕事しなくなっちゃうかもよ?(笑)

田中:でもまぁ、落ち込んでもそこからまたがんばれるんじゃないかなぁと。

斎藤:あとは最近ちょっと流行っているけど、サルトルの「実存は本質に先立つ」。「自分は企画に向いている」と思っているのに、希望とはまったく異なる部署に配属されて、愚痴をこぼすひともいるじゃないですか。けれどそれはサルトルに言わせれば間違いなわけで、そもそもそのひとに企画の本質があるわけではない。あくまで仕事をやっていくうちに本質が作られていくんだって。そう考えれば、向き不向きじゃなくて、その仕事をするなかでそのひとのコアなものが出来上がっていく……というのが、ビジネス的サルトルの解釈かな(笑)。

――しかしこれだけロングセラーになると、今後の展開も気になるのですが。

斎藤:「東洋も入れてほしい」という声は結構あるんだよね。

田中:東洋は哲学というよりは思想というか、けっこう宗教とも密接に関わってくるので意図的に外した経緯はありますけどね。

担当編集の中嶋愛さん(以下、中嶋):台湾と韓国、中国で翻訳版が出版される予定はありますね。台湾版はあと2、3ヶ月中に出版されると思います。

――図解するという意味では、本当に国を問わないのかもしれませんね。

斎藤:そうですよね。

田中:あれこれ指摘する気が起こらないような、「ゆるい」絵で表現しているっていうのもね。

中嶋:特にアジア圏からの反応が良くて、「キャラクターで哲学を図解する」というコンセプト自体がアジア的なところがあるようです。欧米ではこういうキャラクターだと、「これは子ども向けなんですか?」とよく質問を受けるらしくて。

田中:ちなみにこれ、まったく子ども向けにはしてないですからね(笑)。

中嶋:でも読者からは、それこそ小学生から80代の方までお便りをいただいているんですよ。

斎藤:やっぱり、この「ゆるさ」というか、カジュアルさが受け入れられた要因なんでしょうね。

かわいらしいキャラクターを目当てにページをめくると、今の自分やこの世の中を言いあらわしているような言葉や考えかたがすぐに見つかる。古代から近世、現代にかけて、それぞれの時代を生きた哲学者たちが、自らが生きる時代を捉え、その社会を解釈しようとして編み出されてきたものが「哲学」だとすれば、その共感する心が、いつの時代も変わらないひとのありかたを私たちに教えてくれているのかもしれない。

田中正人さん

1970年生まれ。ロンドン芸術大学ロンドンカレッジ・オブ・コミュニケーション卒業。MORNING GARDEN INC.において、グラフィックデザインを中心に書籍の企画・制作を行っている。

斎藤哲也さん

1971年生まれ。編集者・ライター。東京大学哲学科卒業。『現代思想入門』(仲正昌樹ほか・PHP)、『知識ゼロからのニーチェ入門』(竹田青嗣、西研、藤野美奈子・幻冬舎)などを編集。『おとなの教養』(池上彰・NHK出版新書)、『知の読書術』(佐藤優・集英社インターナショナル)『世界はこのままイスラーム化するのか』(島田裕巳×中田考、幻冬舎)ほか多数の本の取材・構成を手がける。著書・共著に『読解評論文キーワード』(筑摩書房)、『使える新書』(WAVE出版)など。TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」出演中。

哲学用語図鑑

([著]田中正人[編集・監修]斎藤哲也・プレジデント社)

WRITING 大矢幸世+プレスラボ PHOTO 安井信介

関連記事リンク(外部サイト)

癒やしだけじゃない!企業ペットのもたらす効用と、オフィスでの正しい飼い方
「デロリアン」がごみ燃料で走った!リサイクル技術で日本は資源大国になれるか
組織を変えた伊藤直也氏のアドバイス──ハウテレビジョンは企業の成長痛をどう乗り越えたのか

リクナビNEXTジャーナルの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP