ガジェット通信 GetNews

見たことのないものを見に行こう

何度もブームを起こした「つけ麺」を最初に考案したのは誰?

DATE:
  • ガジェット通信 GetNewsを≫
https://lh3.googleusercontent.com/-cxfolzkxTwU/VmcDpdlVDiI/AAAAAAAACcM/u_ellqoEyKg/s640-Ic42/15%2525E3%252581%2525A4%2525E3%252581%252591%2525E9%2525BA%2525BA.jpg

冷たく締めた中華麺を熱いスープにつけながら食べる「つけ麺」。今や「つけ麺」は普通のラーメンをしのぐほど人気があり、長い行列ができる有名店も全国に数多くあります。この「つけ麺」が誕生したのは1955年(昭和30年)頃。「東池袋大勝軒」を営んでいた故・山岸一雄氏が考案したとされています。

そのベースになっているのは山岸氏のラーメン修行時代のまかない食。客にラーメンを出した後、ゆでザルに残った麺を集めて醤油を落としたラーメンスープにひたして食べていたそうです。独立した店でも、このまかない食を食べていたところ、それを見たお客さんが「美味しそう」という反応を示したために新商品として開発をスタート。試行錯誤の末に現在の「つけ麺」と同じスタイルのザルにたっぷりの麺を盛って、スープにつけて食べる「特製もりそば」を新たなにメニューに加えたのです。

「つけ麺」という名称が広がったのは、チェーン店「元祖つけ麺大王」の登場によるものとされています。その後、1970年代には第一次つけ麺ブームが起きますが、当時は「つけ麺」のほか、「もりそば」「つけそば」「中華盛り」などとも呼ばれていました。そして1990年代から山岸氏が弟子を取り始め、のれん分けをした弟子たちが全国各地でつけ麺を提供するようになりました。その影響で2000年前後から再び大きなつけ麺ブームが巻き起こったのです。

つけ麺の元祖・山岸氏の「東池袋大勝軒」は区画整理のために2007年3月に閉店。2015年4月、山岸氏は80歳で死去しました。100人を超える弟子を輩出したといわれており、山岸氏が考案した「つけ麺」は今でも多くの人々から愛されています。(TEXT:料理サプリ編集部)

おすすめのレシピ

ryorisapuri.jp

カテゴリー : 生活・趣味 タグ :
ゼクシィキッチンコラムの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。