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本州最北端の青森県にある謎に満ちた『日本中央の碑』とは?

記事の画像1 かつて『日本の中心は青森県』だった!何と「日本の果て」ともいえる「本州最北端の青森県」に「あの伝説の征夷大将軍・坂上田村麻呂」が『日本中央』との文字を刻んだという「謎とロマンに満ちた」石碑があるとの噂を聞き付けましたので、早速レポートをしてみたいと思います。

日本中央の碑とは?

出典:http://www5f.biglobe.ne.jp/syake-assi/newpage1297.html

日本中央の碑は昭和24年6月21日に青森県東北町の石文集落近くの赤川上流で発見された「日本中央」の四文字が刻まれた高さ約1、5mの石である。

出典:日本中央の碑(壺の碑・つぼのいしぶみ)

出典:http://www5f.biglobe.ne.jp/syake-assi/newpage1297.html

摩耗してとても読みにくくなっていますが確かに「日本中央」という文字が刻まれています。

古来「歌枕」として有名だった壺の碑(つぼのいしぶみ)!

古歌に詠まれた名所を歌枕と言うが、数ある歌枕の中で「壺の碑(つぼのいしぶみ)」ほど好事家の話題にのぼったものはない。この壺の碑(つぼのいしぶみ)を初めて詳説したのは平安末期から鎌倉初期の歌学者・藤原顕昭で著書・袖中抄の中で「顕昭云、いしぶみとは陸奥のおくにつぼのいしぶみ有。日本のはてと云り。但田村の将軍征夷の時弓のはずにて石の面に日本の中央のよし書付たれば石文と云と云り。信家の侍従の申しは、石面ながさ四五丈計なるに文をゑり付たり。其所をつぼと云也。(はるか日本の果てに坂上田村麻呂が蝦夷討伐をした際に弓の筈(はず)で石の面に日本の中央と刻んだ碑がある。その土地の名はつぼという)」と紹介している。

出典:日本中央の碑(壺の碑・つぼのいしぶみ)

出典:http://www5f.biglobe.ne.jp/syake-assi/newpage1297.html

『日本中央の碑』はあの伝説の征夷大将軍・坂上田村麻呂が文字を刻んだとされる幻の壺の碑(つぼのいしぶみ)なのだろうか!?

発掘当初から平安時代の征夷大将軍・坂上田村麻呂が文字を刻んだとされる幻の「壺の碑(つぼのいしぶみ)」ではないかと一大センセーショナルとなり話題を集めたものである。

出典:日本中央の碑(壺の碑・つぼのいしぶみ)

出典:http://www5f.biglobe.ne.jp/syake-assi/newpage659.html

坂上田村麻呂の墓

しかしながら坂上田村麻呂が青森県東北町付近まで到達したとの事実はない・・・

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