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「特殊な流産」、そして1年間の妊娠禁止…胞状奇胎の処置とその後

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いつも遅れることのない生理が来なかったので、市販の妊娠検査薬で確認しました。

結果は陽性。

妊娠5週目にあたる時でした。

妊娠を望んでいたので、主人と大喜びしました。

ところが、妊娠6週目に入ってすぐに出血。

慌てて病院へ行ったところ、エコーで診察した先生に

「残念ですが、流産になる可能性が強いです」

と、言われました。

その日は、妊娠ホルモンの値を見る血液検査をして、1週間後に再診することになりました。

翌週の診察日まで、出血は治まらないままでした。

お願いだから流産しないで。

心の中でそう繰り返しながら待った診察。

先生から受けた説明は、やはり流産とのことでした。

そして、それだけでは終わらなかったのです。

血液検査の結果から、この妊娠は胞状奇胎(ほうじょうきたい)だと言われました。

初めて耳にする単語に、理解が追いつきません。

かろうじて頭の中に入ってきたのは、胞状奇胎の妊娠後は絨毛(じゅうもう)ガンを発生する可能性があるということ。

そして、通院しての管理・経過観察が必要なため、1年間は妊娠してはいけないということでした。

流産した。

それだけでも受け入れるのがやっとなのに、“ガン”や“妊娠禁止”と言われ、泣くこともできない状態でした。

感情は追いつかないままでしたが、そのまま手術日が決まりました。

胞状奇胎は、受精卵が正常に発達できずに、胎盤になるはずの絨毛という部分が異常に増えてしまうものです。

そして、異常増殖した絨毛が子宮筋内に入り込んで残っていると、絨毛ガンになることがあります。

そのため、胞状奇胎では流産手術と同じものを2回受けることになります。

1度だけの手術だと除去しきれない場合があるためです。

手術自体は難しいものでもなく、1泊2日の入院で済むとのことでした。

ところが、1回目の手術を済ませ退院した日の夜に、激しい腹痛に襲われたのです。

夜中に救急外来へ駆け込みました。

血液検査をしたところ炎症反応が出たため、抗生剤の点滴を受けそのまま入院。

2回目の手術は翌週に予定されていましたが、炎症反応が完全になくなるまで延期となりました。

そして、そのまま入院し続けて2回目の手術を受けることに。

炎症を起こしたことで、先生も慎重になり、2回目の術後は経過を見てからの退院でした。

手術が終わってからは、体内に胞状奇胎の細胞が入りこんでいないかの経過観察が続きます。

定期的に通院し、ホルモン値を調べるための血液検査を受けました。

わたしが通っていたのは産婦人科でした。

そのため、診察のある日は妊婦さんと一緒に待合室で時間を過ごします。

流産したあと、1日でも早く妊娠したい気持ちだったのに、1年もの妊娠禁止。

幸せそうな妊婦さんと並んで座るのが苦痛で、通院の日は帰宅後に泣いていました。

1年の経過観察が終了して、妊娠してもいいと言われた時には、それだけで幸せな気持ちになりました。

次の妊娠で無事に子どもを出産することができましたが、命を授かるというのは本当に奇跡の連続なのだと思いました。

著者:シュガーバイン

年齢:30代

子どもの年齢:3歳4カ月

元気いっぱいの息子に、毎日振り回されつつ子育て中。「ママ、好き!」の言葉で、今日のイライラも疲れも吹き飛びます。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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