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「不自由な」自転車を使い続けるのは、大地との一体感を味わえるからー佐々木俊尚ー

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佐々木 俊尚

作家 ジャーナリスト

『21世紀の自由論ー「優しいリアリズム」の時代へ 』『レイヤー化する世界』など著書多数。キュレーターとして、Twitterで情報技術やメディア、社会について積極的に発信している。

「フィクス」「フィクシー」と呼ばれている自転車がある。わたしはこのタイプの自転車をもう六年ぐらいも愛用している。

フィクシーというのはFixed Gearの略称で、固定されたシングルギアのことだ。ふつうの自転車は後輪のスプロケットがフリーホイールになっていて、前に向かってペダルを漕いでる時は車輪に力がかかるけれど、ペダルを逆回転すると力は伝わらない。つまり何を言っているかというと、ふつうの自転車はペダルを止めると空回りしてくれる。

でもフィクシーはフリーホイールがなくて、スプロケットが後輪に固定されている。だから空回りしない。前に向かってペダルを漕げば前に進むし、ペダルを止めれば車輪の回転も止まる。

このフィクシーを別名「ピスト」と呼ぶこともある。ただピストバイクはたいていの場合、フィクシーからさらにブレーキも保安部品も外してしまった競技者の練習用自転車を指すことが多い。そしてこれで道路を走ると、日本の道路交通法に反する。なのでわたしのバイクはブレーキも保安部品もちゃんと付いている。

フィクシーは自転車のもっとも古いかたちのひとつで、見た目も構造もとてもシンプルだ。でも一般的にはあまり使われなくなってしまったのは、理由がある。まず第一に、惰力で進むことができないから、前に進むためにはずっとペダルを漕いでいないといけない。エネルギーが保存されないので効率が悪い。第二に、構造的に変速機を組み込めないので、必ずシングルギアになる。変速機がないから、坂道を登るときはかなりつらいし、気持ち良く坂道を下ろうとしてもそんなにスピードが出ない。

わたしはおもに都心を移動する時にフィクシーを乗っているけれど、最近よく見る戦車みたいな電動アシストのママチャリに「ぐぉー」っと抜かれることはよくあるし、きつい坂を登り切れずに自転車を降りるしかなくてみっともない姿をさらすこともある。

じゃあどうして、こんな不自由なフィクシーを愛用しているのかというと、答はひとつ。それは「まるで大地を踏みしめているように自転車を漕げる」から。これがとっても気持ち良いのだ。

慣れないと、フィクシーに乗るのはけっこう難しい。停車しようとすると転びそうになる。坂道でスピードを上げすぎるとペダルが急回転し、足が追いつかなくなる。でもだんだんとフィクシーの流儀に慣れてくると、心地よさが生まれてくる。自分の脚が、ダイレクトに動力を地面に伝えている感触がある。機械である自転車が、まるで自分の身体の延長のように感じはじめる。

農場で働いた経験のある女性と話した時に、感銘を受けた言葉がある。その農場は人糞堆肥を使っていた。野菜を収穫し、それで料理し、食べ、そしてて自分の身体から出たものが畑に返り、また野菜になる。そのくり返しについて、彼女はこう言った。「まるで自分がパイプになったみたい」

フィクシーの感覚も、なんだかそれに近いような気がする。底がとびきり薄く、足にぴったりとフィットするしなやかなランニングシューズ。自分がそういう一足の靴になった感じがするのだ。

コンテンツ提供元:佐々木俊尚

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