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諦めたくない!不妊症、不育症をのりこえ、高齢での妊娠にたどりつくまで

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33歳で結婚し仕事もしていましたので、自然に任せるかたちで特に焦って妊活はしていませんでした。

そうしているうちに2年が経ってしまい、なかなか子供が授からず悩みはじめた私。

義理の父に

「誕生日プレゼントに何か欲しいものはありますか?」

と聞いたら

「早く孫の顔が見たい」

とメールで届き、普段だったら気にしないでいられるその言葉が、その時深く胸に突き刺さり、とても傷ついてしまいました。

でもそれがきっかけで、やっと不妊専門クリニックに行ってみる決意がつきました。

初めて訪れた病院はレディースクリニックで、産婦人科はありませんでした。

先生は男性で、まず初めに

「不妊の定義を知っていますか?」

と問われ、私がまごまごしていると

「結婚して2年ふつうに夫婦生活があっても子供ができないことを言います、よってあなたにも何らかの要因があると言えますね」

とにべもなく言われました。

そして先生は、私の不安な気持ちには全く関心を払わずに、淡々といくつかの検査を進めていきました。

なかでも特に辛かったのは卵管造影検査です。

終わればすぐ動けると聞いたので、仕事に行く前に行きましたが、想像以上に痛みがあり、仕事に行っても心と身体がなかなか立ち直れませんでした。

検査をしてもこれといった要因は見つからず、結婚当初、子供は4人くらい欲しいなあなんて気楽に構えていた自分が恥ずかしくなりました。

検査をひととおり終えて

「次はタイミング療法ですね」

と言われた時、この先生に対する苦手意識がどうしようもなく高まって、逃げるように他の病院を探していました。

今度は、不妊治療専門の女性の先生がいて、妊娠にいたるまで専門の受付と待合室を利用できる病院に行ってみました。

ここは産婦人科も併設されていて、担当は女性の先生で対応も優しく、治療への不安も聞いてもらえたので、信頼できそうだと直感しました。

ここで、タイミング療法を数回試した後、人工授精を行いましたが成功せず、体外受精と顕微授精に進みました。

そして、この体外受精の後、初めて妊娠陽性反応が出ました。

毎回、妊娠検査の結果を聞く時は吐き気がするくらい緊張します。

今回もまたダメかな・・と期待をしないようにしていましたが、

「陽性が出てますよ」

と先生に言われて、嬉しくて涙が出そうで、ふらふらしながら病院を出たのを今でも覚えています。

しかし、喜びもつかの間、次に検診に行ったら

「ホルモン数値が下がってきているから流産するかもしれない」

と言われ、翌日には生理がきてしまいました。

ネットで妊娠初期の出血について調べまくって、『妊娠生理』と言われる心配のない出血があるという事を知り、どうかそれでありますようにと祈るように過ごしましたが、徐々に出血がひどくなり、言いようの無い空しさと悲しみがこみあげてきました。

こんな事を2,3回繰り返したので、先生から、不育症の検査を提案されました。

検査料が高かったので迷いましたが、このまま前に進めないのは辛いので検査を受けました。

結果、「抗リン脂質抗体」が原因と分かりました。

これはいわゆる不育症のひとつで、妊娠すると、体がお腹の中の赤ちゃんを異物と判断してしまい流産してしまうのです。

不妊症に加えて不育症というふたつの言葉が私にのしかかってきました。

でもたった一度、ほんの一瞬でも妊娠した時のあの喜びを知ってしまって、ここで諦めることはできませんでした。

しばらく通院を続けて、顕微授精で再び妊娠することができました。

でも安心はできません。

妊娠陽性反応が出てからも、出血やホルモン調整のための筋肉注射を打つために通院が続き、精神的にも肉体的にもきつい毎日でした。

しかし、ついにお腹の赤ちゃんの心拍が確認でき、ようやく今まで届かなかった第一関門を突破できました。

まだ何も体調の変化もなく、本当に赤ちゃんがお腹にいるのかどうしても信じられませんでしたが、先生にもらったエコー写真をお守りのように大切にしていたことを今でも思い出します。

喜びよりも不安が大きくてささいな事が心配で仕方の無い毎日でした。

抗リン脂質抗体のことがあるので、先生から紹介状をもらって都内の大学病院に行くことになりました。

この病気で妊娠している場合、自己注射を含めて薬の投与が必要になります。

私はずっと通っていた病院で出産したかったけど、もしかしたら大学病院で出産になるのかもと心配しました。

しかし大学病院から、そこまで重大な検査結果でないので、薬を飲みながらだけど今かよっている産婦人科で危険なく産めるでしょうという判断をもらいました。

こうして不妊治療でお世話になった病院の産婦人科で、晴れて私の妊娠生活が始まったのです。38歳になっていました。

著者:三匹のネコ

年齢:43歳

子どもの年齢:1歳,3歳,5歳

33歳で結婚、不妊治療を経て現在女の子2人、男の子1人の3人のママをしています。高齢出産で体力・気力共に日々限界ギリギリでなんとかやっています

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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