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伊藤直也・増井雄一郎・橋本善久が「キャリアチェンジ」を語った『CodeIQ感謝祭』#codeiq39

失敗は目標までの道に転がっている石だと思えば、問題なし

伊藤直也さん、増井雄一郎さん、橋本善久さんが自身のキャリアを振り返り、キャリアチェンジについて語った「CodeIQ感謝祭」のスペシャルセッション。
トップバッターの登壇者は、株式会社トレタCTO・増井雄一郎さん!

株式会社トレタCTO・増井雄一郎さん

私のエンジニア人生の始まりは17歳。会計事務所の在庫管理のアプリケーションをLotus1-2-3やdBASEで開発するということをしていました。

エンジニアとしての成功は、いろんなアプリを出してきたことだと思っています。1997年にPerlで作ったCGIのスケジュールソフトをフリー公開したり、「PukiWiki」というネットの寄せ書きアプリケーションをPHPで作ってリリースしたり。その後Ruby on Ralsを使い、デジタルガレージと「PingKing」というソーシャルブックマークや、ニフティと「アバウトミー」というサービスを作りました。

その後、iPhoneアプリを作りたくて渡米。Big Canvas Incを設立し、iPhoneアプリ「PhotoShare」などさまざまなiPhoneアプリを作成。帰国後はmiilという料理カメラで写真を撮ったり、写真加工してシェアするアプリを作ったり、iPhoneのアプリをRubyで書けるツールを作ったりしました。

そして今は、トレタでレストランの予約台帳をiPadで管理するアプリを作っている。このように私は、これまでたくさんのプロダクトやサービスをリリースしてきた。つまり、これがエンジニアとして一番の成功だと考えています。

なぜ、そう思うのか。先述したようにキャリアの始まりは高校時代に遡ります。PCを初めて触ったのは、高校1年の時。MS-Xを買ってもらってから、ずっとパソコンに触れてきました。

DPE屋さんでデータ入力のアルバイトをしていたときには、すごく使いにくかったので、自分でソフトを作ってた。そしたら、社内システムを開発している知人から、一緒に棚卸しのソフトを作らないと言われ作ることに。さらに、会計事務所でもソフトを作るようになり、高校生の時にはすでに飛行機に乗って出張したりしていたんです。

またオープンソースという言葉が出る前から、それと似た活動をしていたり。Ruby on Railsを始めたのも95年と、かなり早い段階に触れたし、AWSもそう。つまり私のキャリアの成功には人よりも早く始めたことが、大きな要因となっています

一方、私のキャリアにおける最大の失敗は、成功したことがないということかもしれない。先も述べたように、大学生の頃に起業して、約4年経営したが、儲からなかった。

そこで考えたのが「自分はエンジニアをやりたいのか、社長をやりたいのか」ということ。このまま経営を5年ぐらいやり、落ち着いたらエンジニアをやろうというのはすごく難しいだろうと。

しかし、ずっとエンジニアをやって40才になったときにもう一度経営をやろうというのはできるのではないか。こう考え、エンジニアを続けるために会社をたたんだ。これが1回目の失敗です。

次に、iPhoneアプリを開発するため米国で起業。iPhoneの立ち上げと同時期だったため、時期尚早で儲からず、さらにリーマンショックが追い打ちをかけ、経営がうまくいかなくなり、また会社をたたむことに。

そしてもう一つの失敗は、英語が話せないこと。米国にいたときは意思疎通ができるほどの英語力は身に付いたが、それで満足してしまってそこから勉強をしなかった。だから、深い会話ができるだけの英語力がない。英語力はほしいといつも思っています。

ただ、失敗と成功は同じ方向を向いているもので、ただ成功はすごく遠いところにあるけど、失敗はその道の途中にごろごろ転がっているというだけ。

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