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第35回 おしっこおじさん

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 当初いた5号室から3号室に移った私は、「嫁に申し訳ない」と言うのが口癖の窃盗犯と暮らしていた。
 11月23日の就寝直後、係官が寝具一式を持って「夜中に一人来るから寝る場所を空けておいて」と言われた。時計が0時を回った24日に入ってきたが、半睡眠半覚醒状態の私にはどのような人か分からなかった。

 ただ、寝ることもせず布団とトイレの間を行ったり来たりとうろうろしており、朝方になってやっと寝てくれた。そのとたん、ものすごい鼾が始まった。収容施設で一番嫌われるのは鼾をかく者だそうだ。
 朝になってみれば70歳近くに見える爺さんだ。「何をしたのですか?」「小泉から安倍にかわってついていけない。もうどうでもいいんだ。」
 窃盗犯と思わず顔を見合わせると、続いて「どうせ俺に日本国籍はないし」と言い、何をしたのか再度聞いた私たちに「自宅に放火」との返答。
 さらに一人だったのと聞くと、「農業やっていて妹がいる。妹も殺そうとして火をつけたけど助かったみたい」。本当なら放火と殺人未遂かよ、重いぜと内心で思っていると、「明日には刑務所に行けるよね」との質問がくる。

 私たちは声をそろえてきっぱりと「行けません」と教えた。これを聞いた彼は、黙り込んでしまい、なぜかトイレ前の板敷に自分の毛布を運び、そこに座り込んでしまった。
 畳志木部分は3人でもけっして狭くはないのに、わざわざ板敷に行くとはやはりおかしい人なのか?私たちはあまり関わり合いになるのはよそうと暗黙の了解をした。

 ところが、向こうから話しかけてくるのを無視することはできない。
 いきなり立ち上がって出入り口の鉄格子にしがみついて、「開かないな」との一言。当たり前である。開かないように造られているのだから。仮に開いたとしてもその後いくつもの関門があり逃亡なんてできない。
 「開かないよ」と教えるまでもないことを言ったが、それでもまだしがみつき揺すりながら、「自由に出入りできないの?」と聞いてくる。

 何なんだこいつは。隣の2室と4室からも「どうしたの」との声がかかる。仕方ないから「できないよ」と返答。やっとあきらめてくれた。その後さらにたまげることが起きる。相変わらず毛布はトイレ前の板敷に置いてあるが、そこにボーっと立っている。
 その後驚くべきことが起こった。突然ジョボジョボという音がするので振りかえってみると、トイレ前の自分の毛布に小便をしているではないか!まぁ、驚いたの何の。

 すぐに「担当さ~ん、毛布の上におしっこしています」と怒鳴ると、回りの部屋からも「え~っ」という大合唱。駆け付けた係官も烈火のごとく怒っていた。当然でしょうな。
 係官から雑巾などを渡され、掃除と後片付けをさせられた。私たちがだ。ご本人は知らん顔でいる。認知症だったのかもしれないが、私たちはそこまで気が回らなかった。
 そのまま夕食までのひとときをうつらうつらしながら過ごしていると、「金があるから今晩飲みに行こうよ」と、ありがたいお誘いがきた。馬鹿野郎と思いつつ「行けるのなら自分で出すよ」と言うと「俺がおごるからさ~」と気前のいいことを言う。
 あきらめ気分で「ここからは出られないから飲みに行けないんだよ」と諭すと、しばし黙り込んで「寝る時間までに戻ればいいんじゃない」と、そうであれば本当にいいなと思うようなことを言ってくれるが、無視することにした。

 窃盗犯と相談して係官に部屋替えをお願いしてみようということになった。
 「彼をどこかに移してもらえませんか?」「原則独居はないからダメだよ」「でもこれじゃ夜も寝れませんよ」「でもな~」「寝ているときにおしっこでもされたらたまりませんよ」「考えておくから辛抱してくれ」との会話。私たちの身にもなってもらいたい。

 夕食後私は取調べに呼ばれ、終了後に戻ったらおっしこおじさんはいなくなっていた。その日は金曜日で、月曜日の運動時間に、その爺さんの話で盛り上がっていたら、係官曰く、「彼は調べに行ってそのまま精神病院に直行となった」。(つづく)

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第35回 おしっこおじさん

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