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見たことのないものを見に行こう

組織の問題のほとんどは、メンバー間の「誤解」という魔物が引き起こしている

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様々な企業で人事コンサルティングをさせていただいて思うのが、そこで生じている組織課題のほとんどはメンバー間の「誤解」から来るものだということです。経営者も中間管理職も一般社員も、みなお互いに誤解しあっています。

しかもインタビューで少しでも深く突っ込むと、その解釈には具体的な事実や根拠などないことが多く、誰もきちんと確かめずに「多分そうに違いない」で終わっています。それぞれの人を見ていくと、とてもいい人が多いのに、お互いけなしあったりするのを見るのは大変つらいことです。なぜこんなことになってしまうのでしょうか。(文:曽和利光)
人が「見たいものしか見ていない」のには理由がある

理由のひとつは、人は自分の思い込みを相手や環境に投影する傾向があるからです。心理検査の手法の一つに、被験者にインクの染みを見せて何に見えるか聞いたり、人物や木などの絵を描かせたり、絵を見せて物語を作らせたりすることで、被験者の心の状況を知ろうとする「投影法」というものがあります。

この手法の特徴は、被験者によっていかようにでも解釈したり反応したりできるような「あいまいな状況」にあえて置くことです。これによって、その人の「中」にあるものを外部に投影させることができると考えられています。

もうひとつの理由は、人は自分にとって「不都合な真実」は見ない傾向があるからです。自分が一度持ってしまった仮説や信念を検証しようとする際に、それを支持する情報ばかりを集めてしまい、反証となる情報を見落としてしまうのです。これを心理学では「確証バイアス」と呼びます。

「投影」と「確証バイアス」の両者から導き出されることは、ローマ帝国のカエサルも言っているように「人は見たいものしか見ない」ということです。あいまいな状況があれば、そこには自分の思いや考えを投影して解釈を行い、一度そこで仮説ができてしまえば、後はそれを強化する情報ばかり集めてしまう。恐ろしいことです。
「コミュニケーションの楽な手法」が「誤解を生む根源」になっている

日本の組織は、いまだ「あいまいな状況」に置かれていると言わざるをえません。ヨーロッパのような大陸の場合、多言語・多民族が入り混じった文化では自分の意思を伝えるために、あいまいさをできるだけ排除する必要があります。

一方で、大多数が同じような言語と同じような民族で、背景を共有している島国の特徴として、日本にはハイコンテクスト(多くの知識や考え方を共有している)な文化の組織が多いのです。いわゆる「あうんの呼吸」や「以心伝心」を貴び、「皆まで言うな」「はっきり言うのは無粋」などと言挙げしないことが多い。

このあいまいさは「アレだよ」「ああハイハイ」といったように、コミュニケーションのコストを下げる働きを持っていました。ところが現代日本は、世代間の隔絶や格差社会、グローバル化などを持ち出すまでもなく、多様化し続けています。

これに伴い、徐々にローコンテクスト化する状況においては、あいまいさは「コミュニケーションコストを下げる楽な手法」ではもはやなく、むしろ自己投影を促して「誤解を生む根源」になっているのではないでしょうか。

さらに、そもそもの相性の悪さや、過去に合ったやり取りから来るイメージによる確証バイアスによって、「あうん」が通じない世の中になっています。相手のことを信じて任せたつもりが「無責任な丸投げ」に思われたり、たまには労いたいと誘った飲み会が「日頃の不満をうやむやに誤魔化すため」だと思われたりするのです。
「一義的」な言葉遣いをていねいに行うこと

このような「誤解」を減らす対策として、私は以下の2つの方法を提案したいと思います。ひとつめは「はっきりストレートに話すこと」。私も日本人ですから、ストレートに言わないと分からない無粋さは感じてしまいます。「えー、そこまで言わないと分かってくれないの?」と思います。

しかし、もうそういうノスタルジーに浸っていてはいけません。そういう考えはプライベートや文学・芸能の世界にとどめ、ビジネスや組織においては「率直に」「はっきりと」「明確に」「ストレートに」コミュニケーションをしていく時代になっています。

ただし注意しなければいけないのは、それは相手を気遣わずに不躾な言葉を選ばないコミュニケーションをするということではまったくありません。むしろその逆で、一つにしか意味が取れないような「一義的」な言葉遣いをていねいに行うということです。

特に経営者や管理職などの「上」の人に、この姿勢・スキルは求められます。とかく上の人ほど組織内での1対1のコミュニケーション量が少なく、しかもパーソナリティ的にも一般社員とは(良くも悪くも)異なることが多いために誤解されがちです。

「きちんとやっておけよ」ではなく「この手順を忘れずに、この日までに仕上げて」。「わきまえろよ」ではなく「相手は我々に信頼感を持ってくれていないから、失礼のないようフランクになりすぎるなよ」というようなことが必要です。

あるいは、もっと細かい具体的なレベルまで降りて話す必要がある場合もありますが、上の人は大変忙しく、ついあいまいな指示を出してしまうので、かなり気を付けないとできないことです。
コミュニケーションコストをかけて「社員の相互理解を深める」

もっと根本的な2つめの方法としては、自然状態ではどんどん加速する組織のローコンテクスト化に対抗するために「社員の相互理解を深める」ことです。

別の言い方をすれば、社員同士がお互いにお互いが「一体どんな人なのか」について理解することに、コミュニケーションコストをかけるということです。「知る」は「愛」につながります。

私が昔在籍したライフネット生命では、新しい人が入社してくると、できる限り多くの社員が集まった場で、1人1時間自己紹介をする習わしがありました。「1時間も!?」と思うかもしれませんが、皆何十年と生きているわけですから、様々なことが話せるものです。

幼少期の話、家族の話、自分が今ハマっている趣味のこと、仕事に対する信念などなど、こういう場でもなければ、なかなか隣の席に座っていても聞けないことが聞けました。ライフネット生命はかなり多様なバックボーンを持った人で構成された会社(つまりローコンテクストな会社)でしたので、余計このようなことが大切だったのだと思います。

自己紹介でなくとも、適性検査を導入して、その結果を公開し合ったりするところもあります。以前在籍していたリクルートは、ユングの性格理論をベースとした「TI型」という性格フレームワークを全社員が共有しており、人を表現する共通言語になっていました。弊社(人材研究所)でも提供している「レゴ・シリアスプレイ・メソッド」などの相互理解系のワークショップを実施するなど、方法は色々あります。
最終的に事態は「性善説」で好転すると信じる

以上2つの対症療法をご提案しましたが、本当はもっと根本的に「性善説」で行きましょうよ、と全世界の人にお伝えしたいと思っています。金八先生も「贈る言葉」で、「信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷つく方がいい」と歌っていましたが、私も激しく同感します。

「信頼」は組織のコミュニケーションコストを劇的に下げるものです。「疑心」があるから「暗鬼」を生み、余計な探りや摩擦や不安や心配が生じます。

具体的には、もし何か皆さんの周りで、「おや?」と不信感を持つことがあった時に、すぐ「裏切られた」と思うのではなく、「何かあったに違いない」「何かの間違いだろう」と思ってみてはいかがでしょうか。ピグマリオン効果ではありませんが、人は疑われれば不快に思い、「そんなに思われるなら、そうしてやろう」と思うこともあります。

一方、信じてくれた人には応えたいという人は大勢いるのではないでしょうか。「袖触れ合うも他生の縁」と言います。縁あって仲間となった人たちをきちんと信じてみることで、ほとんどの事態は好転すると私は信じています。

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