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道場六三郎 『料理の鉄人』で派手な懐石料理作り恩師嘆いた

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 人生には忘れることのできない存在が必ずいる。今の自分を作ってくれた恩師の姿は、温かな記憶とともに甦る。料理人の道場六三郎氏(84)が、料理の基本を教えてくれた恩師について語る。

 * * *
 かつて出演していた『料理の鉄人』(フジテレビ系)で、枠に囚われない料理を生み出してきたからか、私は型破りな料理人というイメージを持たれているようです。でもそれも、土台となる基本を大切にしてきたからこそ。それは日本料理の原点である懐石料理を教えてくれた、茶道の数江瓢鮎子(かずえひょうねんし)先生のおかげです。

 数江先生は中央大学名誉教授で学者である一方、帝国大学(現東京大)の学生時代に茶道部を創設し、茶の湯や懐石料理に関する研究者として知られています。

 私が懐石料理を学び始めたのは遅くて、40歳を過ぎた頃。1971年に銀座に『ろくさん亭』をオープンした後のことです。近くの美術工芸展に出入りしていた時に数江先生と知り合い、「六さん、料理の理想は懐石なんだよ」とおっしゃっていただいたのがきっかけでした。

 数江先生に教わりながら、色んな茶室に出張しては、懐石料理を作って腕を磨きました。失敗も多くて、焼き物のアユのたて酢に抹茶を盛り付けて色目を鮮やかにしたんです。そうしたら茶席の参加者に「これはやり過ぎだなあ」といわれてしまったこともありました。

 茶懐石のメニューは茶道創始者・千利休の頃まで遡る。旬の食材や素材の持ち味にこだわり、技に走ることを嫌うんです。そんなことがある度に数江先生は「粋に走り過ぎてはいけないよ」と戒めてくれました。

 私はその教えをしっかり守ってきたつもりです。ただ60代で出演するようになった『料理の鉄人』では、対決のため、どうしても地味な懐石料理を派手にせざるを得なくなった。テレビを観ていた数江先生は「おいおい、六さん」と嘆いていましたよ(笑い)。

 でも「基本」こそが日本料理の命です。今も弟子は総勢50人ほどいるが、注意するのは「無理のない仕事かどうか」です。技巧に走って手をかけすぎれば、肝心の味わいが疎かになりやすいですからね。

 数江先生とは妙に馬が合った。料理の師であり、人生の師でもあります。「お互い死んでも付き合いたい」と話していて、数江先生の紹介もあって、鎌倉にある瑞泉寺には2人のお墓が前と後ろに並んでいます。

 数江先生は約10年前に亡くなられて、僕の妻も今はそこに眠っています。妻の墓参りに行くと必ず、数江先生のお墓も掃除して花を手向けていますよ。

●みちば・ろくさぶろう(料理人)/1931年石川県生まれ。1971年に銀座「ろくさん亭」を開店。1993年から始まった『料理の鉄人』(フジテレビ系)では初代「和の鉄人」として活躍。

※週刊ポスト2015年12月11日号

【CAP】恩師の思い出を語る道場六三郎氏


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