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算法あり妖怪ありの時代ミステリー〜青柳碧人『彩菊あやかし算法帖』

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 校内暴力華やかなりし時代を過ごした私にとって、中学校生活は憂鬱な毎日だった。教室内には常に一定数の不良少年少女が存在し、まじめさ・実直さが軽視される傾向にあった。「男の子ってちょっと悪い方がいい」などとは微塵も思わない凡人の私でさえ生きづらいなと感じていたのだから、あの当時勉強面でのみ才能を発揮するような優秀な生徒たちはいったいどうやって日々をやり過ごしていたのだろう。

 青柳碧人は、そんな優等生たちの救世主たり得る作家である。彼の出世作は『浜村渚の計算ノート』(講談社文庫)シリーズ。数学に天才的な才能を発揮する女子中学生(しかし社会科は苦手)の浜村渚が、数学テロ組織「黒い三角定規」と闘う物語だ。青柳氏の著書には他にも『国語、数学、理科、誘拐』(文藝春秋)や『西川麻子は地理が好き。』(文春文庫)という塾や学習用テキストを作る出版社で繰り広げられるミステリーがあり、勉強ができることの素晴らしさを肯定している。学生時代を含めて合計11年ほど塾講師としての勤務経験があるという著者ならではのリアリティを伴った作品群と言えよう。特に子ども時代には”スポーツマン>>>成績優秀者”といった式が成立しがちだが、自分ががんばった結果を認めてもらえるというのは何より喜ばしいことだろう。全国の優等生たちには自信を持ってもらいたい。

 本書はそんな著者の初めての時代小説。海外の数学者たちが発見した真理や法則に独力でたどり着いていた十七歳の少女・彩菊が主人公である(ちなみに本書で提示されているのは、「エフロンのさいころ」や「バシェの分銅」や「カプレカー定数」など。バリバリの文系人間にとっては、この本で読まなければ一生耳にすることもなかった用語に違いない)。常陸国牛敷藩の下級藩士の娘である彩菊は算法がめっぽう得意で、”武家の娘が算法など”という批判も何のその、寺子屋に師範として出入りしている。領内の村に棲む賽目童子なる化け物を退治するよう命じられたのを皮切りに、彼女の元には次々と算法の知識が必要となる事件が舞い込み…。突っ込みどころもなくはないのだが(下級藩士の娘に過ぎない彩菊が目が覚めるような黄色い着物などを身につけていたりとか、亡霊が封じられている真っ赤な建物を見て「雰囲気がある」と言ったりするものだろうかとか)、”女に学問など不要”と言われるような時代に自分の信じるところに従って行動する彩菊の姿は痛快。その他、彩菊に賽目童子事件の解決を依頼したことがきっかけで『化け物奉行』を兼任するよう命じられた郡奉行の木川生駒、水戸藩の郡奉行所勤めで若干ひねくれ者だが男気にあふれた高那半三郎など、キャラの立った登場人物たちも活躍する。

 近代数学の概念が確立されていなかった江戸時代の日本を舞台に数学ミステリーを展開させる(しかもお化けや妖怪といったものと絡めて)というのは、読者が考える以上に至難の業なのではないかと思う。司馬遼太郎や藤沢周平といったスタンダードな作品とはまったく違った読み心地となっているが、時代小説の新たな可能性を示したと言えるのではないだろうか。困難な道かとは思いますが、続編にも期待しております。

(松井ゆかり)

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