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今も圧倒的な存在感を放つメスカリン・ドライヴ、『スプーニー・セルフィッシュ・アニマルズ』

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“レコードの日”である11月3日、アルケミーレコードがディスクユニオンと提携して、80~90年代に同レーベル所属していたアーティストの作品をアナログ盤でリリース。すでに今年6月、テイチクから発売されていた『アーリー・メスカリン・ドライヴ 1985-1989』も2枚組、見開きジャケット仕様の豪華愛蔵盤として甦った。CDですら過去のものになりつつある昨今、アナログレコードが発売されるというのは彼女たちがマニアから支持されるカルトバンドであることの証左であるが、ロックファンの心を今も離さないメスカリン・ドライヴの魅力はどこにあったのか? 今回の邦楽名盤列伝は彼女らのメジャーデビュー作でもあった『スプーニー・セルフィッシュ・アニマルズ』を取り上げる。

ブームに流されなかったバンド
メスカリン・ドライヴのメジャーデビューは1989年。この頃の日本の音楽シーンがどうだったのかと言うと、まさにこの年にTV番組『三宅裕司のいかすバンド天国』、通称“イカ天”の放送がスタートしており、ここからバンドブームが始まったと言ってよい。バンドブームには功罪がともにあった。ロックバンドに多様性があることを周知したことは功だったし、明らかに有象無象の輩までもデビューさせてしまったことが罪であろう(バンド側の罪は少なかったのではないかと思う)。また、これは音楽に限ったことではないが、ブームには必ず弊害が付きまとうもので、字義通り、“ある物が一時的に盛んになる”ことであるブームは一時期を過ぎれば衰えていくが、困ったことに、このブームという波が去る時、本来去る必要がなかったものまでさらっていってしまう。ブームがなければ出てこられなかった輩がブームと同時に去るのは仕方がないことであるが、反動と言うべきか、残念なことにブームがなくともメインストリームに居ることができた者すらもそこから去ってしまうという悲しい現象も起こる。しかし、稀有であるが、そんな状況に見舞われてもブームに流されることなく、しっかりと地に足を着けて立ち続ける存在もある。メスカリン・ドライヴ(後に盟友であったニューエスト・モデルと統合したソウル・フラワー・ユニオンも含めて)はそういった強固なバンドのひとつと断言していい。これは褒め言葉と受け取ってほしいが、誰もが知るヒット曲があるわけでも、アリーナクラスの動員があるバンドではないが、ここまで解散することなく(むしろ統合して)活動を続け、音楽シーンでしっかりと存在感を示しているバンドは彼女ら彼ら以外に見当たらない(ソロアーティストはチラホラ見かける)。その理由ははっきりとしている。

内海、伊丹の圧倒的な存在感
そもそも、メジャーレーベル第一弾の2ndアルバム『スプーニー・セルフィッシュ・アニマルズ』を聴けば分かることだが、このバンドには普遍性がある。まず、何と言って内海洋子(現:うつみようこ)のヴォーカリゼーションの素晴らしさを強調しなければならないだろう。“和製ジャニス・ジョプリン”とも“和製パティ・スミス”とも言われる彼女のソウルフルな歌声は圧倒的だ。“巧い”とか“個性的”という形容を通り越した唯一無二の存在感を放っている。最近ではヴォイストレーナーとして歌手や舞台女優の指導を行なっているというのも納得だ。また、彼女は幼少期を海外で過ごした帰国子女であり、多くの洋楽に触れていたというバックボーンもそうだし、何よりもネイティブスピーカーに近い発音がバンドマンとして大きなアドバンテージでもあった。ちなみに彼女はビブラートを効かせたパワフルなヴォーカルのみならず、ラップも巧く、もはや日本ロックシーンの至宝と言っていいと思う。そして、内海洋子と双璧を成すのが伊丹英子のギターだ。重く、どっしりとしていて、それでいて流麗なギターのアプローチは、これまた圧倒的な存在感がある。“男まさり”だとか何だとかいうことでなく、アンペッグのギターアンプにレスポール・ジュニアで鳴らす彼女のギターサウンドは、盟友・中川敬の言葉を借りれば「“自分はこの音を出したいんや!”っていうことが初めから明確にある感じ」という音。俗に“長玉”や“白玉”と言われる音を長く伸ばすものに限らず、ザクザクとしたリフも実に凛としているし、アコギも粒が立っている。こちらも唯一無二である。
ヴォーカルもギターもともにいい意味で時代性がない。…と言うと語弊があるように感じる方がいるかもしれない。というのも、メスカリン・ドライヴを語る時、60年代後半のサイケデリックロックとの関連を考えなければならないからだが、彼女らのサウンドは先人のエピゴーネンでないことも明らかだ。『スプーニー・セルフィッシュ・アニマルズ』には、それこそビートルズの『リボルバー』収録曲に近いものが感じられたり、サイケデリックロックに対するリスペクトを隠していないが、その60年代洋楽テイストは決して懐古趣味ではなく、“本歌取り”に近いものだと思う。話は若干メスカリン・ドライヴから離れるが、パッケージ音源のCD化にも関係してか、80年代に作られたサウンドはわざとらしいシンセ音が強調されているものも少なくない。当時はそれが最新であったし、何しろそれまでほとんど耳にしたことがなかった音像だったので、それはそれでカッコ良いと思って聴いていたものだが、今聴き直すと、これがどこかいなたいというか、何ともチープで、「あら?」と思うようなものもある。まぁ、最近ではそれも80’sらしさとして認識されているようではあって、それはそれで結構なことだが、メスカリン・ドライヴに話を戻すと、彼女らの音作りにそういった違和感がないのだ。これは、サイケであったり、ソウルであったり、先人の音楽へしっかりとオマージュを捧げているからだろう。本気でやってると言い換えてもいい。だからこそ、現在2010年代から見ても偉大な先人と遜色がないのだと思う。

ミクスチャーロックの萌芽
先ほど“本歌取り”と言った通り、リスペクト、オマージュを捧げながら、もちろんそれだけで終わらずに、ちゃんとオリジナリティーを発揮している点がメスカリン・ドライヴの面目躍如。例えば、M5「パパは誰?」の沖縄音階がそうだし、セカンドラインを取り入れたM7「笑いっぱなしの島」もそうで、後のソウル・フラワー・ユニオンにつながるミクスチャー指向を見出せている。あるいは1stアルバム『ディープ・モーニング・グロウ』にも収録されているポップチューンM4「JIMI JIMI」は、どことなく日本のフォークソング的なメロディーを感じるところでもあるし、エッジの効いたギターリフが引っ張るM12「IT’S YOU」はどこかビートロックっぽくもあり、90年代風味を感じられなくもない。つまり、自らが影響を受けたロックをそのまま出して喜んでいるわけでも、大したルーツを持たないにもかかわらず新しい音楽を標榜するわけでもない。限りなく純度の高い状態で取り込んだ音楽を次の次元に持って行こうするポジティブな息吹が感じられるのだ。そんなふうに考えると、M7「笑いっぱなしの島」の歌詞《君はママの話ばっかりしてる(楽な人生)/君は化粧のノリを気にしてる(変わらないよ)》が当時のシーンに対する強烈な皮肉に思えてならないし、その有言実行なカウンターの当てっぷりは小気味いい(と個人的に思っている)。
さて、軽く前述した通り、この『スプーニー・セルフィッシュ・アニマルズ』にゲスト参加したニューエスト・モデルとメスカリン・ドライヴとの結び付きは次第に強くなり、その後、91年に発表した3rdアルバム『イデオロギー・クッキング』を経て、93年に両バンドは同時解散、統合するというかたちでソウル・フラワー・ユニオン結成に至っている。98年頃に内海が脱退し、自らのバンドを結成したものの、彼女はソウル・フラワー・ユニオンの別動隊である、“チンドン楽団”のソウル・フラワー・モノノケ・サミットのお囃子とチンドン太鼓として参加している他、本隊のライヴにゲスト参加することもしばしば。伊丹は音響性外傷という耳の持病により05年以降は沖縄に移住し、音楽活動はソウル・フラワー・モノノケ・サミットに専念しているが、今もバンドの精神的支柱であり続けている。メスカリン・ドライヴの魂はここに至るまで脈々と受け継がれているのである。

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