ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

巨人高橋、阪神金本両新監督 現役時代と同じ背番号に潜む罠

DATE:
  • ガジェット通信を≫

 来季から監督に就任する巨人の高橋由伸氏、阪神の金本知憲氏は、それぞれ現役時代の背番号である「24」、「6」をつけることが決まった。

 過去を振り返ると、巨人では3人の監督が選手時代と同じ背番号を付けている。いずれも、永久欠番となった3人だ。長嶋茂雄監督が2000~01年に背番号「3」を復活させて話題を呼んだほか、王貞治監督は5年間を通して背番号「1」、川上哲治監督も就任から4年間は「16」だった。長嶋氏は日本一、2位と成績を残したが、王氏はリーグ優勝1回に終わり、事実上の解任となった。川上氏は日本一に2度輝いた一方で、巨人としては珍しいBクラス転落の屈辱も味わっており、「77」に変更した1965年からV9が始まっている。

 現役時代と同じ背番号を同一球団で身にまとった例は、ほかにもある。1988、89年の阪神・村山実監督が「11」、2001~05年の広島・山本浩二監督の「8」などだ。日本一からわずか2年で吉田義男監督が解任された後を引き継いだ村山氏は、チームを浮上させることができず6位、5位で阪神暗黒期のゴングを鳴らしてしまった。山本氏も、FA流出で弱体化していた広島を立て直すことができず、5年間Bクラス。2005年に最下位に終わり辞任した。

 高橋監督と同じく「引退即監督」の道を歩み、現役時代と同じ背番号で監督人生をスタートしたパ・リーグの2人も振り返ってみよう。

 西鉄の稲尾和久監督は、黒い霧事件で弱体化したチームを受け継ぎ、1970年から監督就任。現役時代と同じ「24」をまとったが、3年連続最下位に。1973年に「81」に変更すると、4位に順位を上げている。南海の広瀬叔功監督は、野村克也氏の解任騒動により、江夏豊や柏原純一がチームから移籍するという苦境の中、背番号「12」のまま「引退即監督」を引き受けた。だが、チーム力の低下は明らかで、3年間で2度の最下位となり、監督人生を終えている。野球担当記者が語る。

「監督が現役時代と同じ背番号をつけるケースは、稲尾氏や広瀬氏、村山氏のようにチームにゴタゴタがあるときが多いようです。人気を維持するためのカモフラージュとして、現役時代と同じ背番号を身にまとう。

 もうひとつは、長嶋監督や山本監督のようにマスコミへ話題提供をするケース。今年の例でいえば、高橋監督はチームが野球賭博問題を抱えているし、金本監督は常にネタを欲しがる在阪マスコミへの“アメ”と考えてもよいでしょう。阪神二軍監督の掛布雅之氏の『31』も、同じ狙いがあると思います」

 これまで振り返ったように、現役時代と同じ背番号で結果を残した監督は少ない。どうしてなのだろうか。

「一概には言えませんが、同じ背番号だと今までのイメージが残ってしまい、選手時代と切り替えづらい面もあるのではないでしょうか。たとえば、巨人時代の王監督は、世界のホームラン王のイメージが強く残る“ビッグ1”のままだったため、選手も近寄りがたく、溝が生まれてしまっていた可能性もあるでしょう。

 そう考えると、ダイエーで背番号『89』にしたことと、その後黄金期を築き上げたことには相関関係があるようにも思います。由伸監督、金本監督ともに、現役時代のチームメイトがたくさん残っている現状を考えれば、一区切りを付ける意味でも、違う番号を背負うべきだったかもしれません。偉大な選手ほど、番号は変更したほうが周囲もやりやすいのではないでしょうか」

 高橋、金本両新監督は、このジンクスを打ち破ることができるか。


(NEWSポストセブン)記事関連リンク
W杯で注目 ブラジル代表ネイマールの成長の歴史を追った本
中日のドラ1潰してきた背番号12 ドラ3田島が背負うことに
中日・平田良介を開花させた落合前監督の“悪魔の背番号70”

NEWSポストセブンの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。