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キング・クリムゾンの世界中を驚愕させた革命的なデビュー作『クリムゾン・キングの宮殿』

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ロバート・フリップを中心に、キング・クリムゾンの第1期メンバーが生み出した『クリムゾン・キングの宮殿(原題:In The Court Of The Crimson King)』 は、まさにロックに革命を起こしたと言っても過言ではないだろう。それまでの売れるロックは、どちらかと言えば「踊る」「鬱憤を晴らす」「楽しむ」といった性質を持ち、身体的な動きであったり、感覚的に浸れる部分に重点を置いたシンプルな構成の曲が多かったのだが、クリムゾンは「聴かせる」「考えさせる」「想像させる」といった、リスナーの知性や内向性に目を向けた芸術性と、クラシックやフリージャズを模範にした高い音楽性を提示し、商業音楽というよりは芸術音楽に近いスタンスの作品を創りあげていったのだ。

1960年代後半の世界事情
このアルバムが世に出たのは1969年(今から半世紀近く前!)。ベトナム戦争は激化し、公民権運動の指導者であったキング牧師が前年の68年に暗殺された。また、オルタモントでのストーンズの公演中、黒人青年が殺害される事件があった。日本でも学生運動が激しくなって、東大安田講堂事件が大問題になっていた。世界中で大きな社会変革が起ころうとしていた時期である。アポロ11号による月面着陸もこの年だ。当時の僕は小学6年生で、毎日のように報道される様々なニュースにさらされてはいたが、ロック界では次から次へとすごいグループがデビューしていたので、毎日ロックのことばかりを考えていた。激動の世界情勢にありながら…いや、逆に激動であったからこそ、ロックは充実していたのだと思う。
この頃(60年代の終わり)、クリームやジミヘンがロックの演奏力を格段に高め、“バンド”と言うよりは演奏者個人の力量が大きくクローズアップされるようになってきた。今でこそ“アドリブ”という言葉は当たり前に使われるが、当時はジャズと、演奏力が高い一部のロックグループにのみ使用が許される言葉であった。アメリカでもイギリスでも、ロックグループは「即興演奏」に力を注ぎ、楽曲の質やメロディーの重要性は軽んじられていた。特にロック好きの若者たちは、バンド内のひとりのスタープレーヤーを追い求めたが、日本でも野球や相撲に注目が集まっていただけに、比較的すんなり受け止められていた。王や長嶋を愛するように、エリック・クラプトンやジェフ・ベックを愛したんだと思う。
もちろん、ビートルズは67年に『サージェント・ペパーズ~』を完成していたし、68年にはザ・バンドが『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』をリリースしていたから、単に年表を見るだけでは「バランス良く、いろんな作品がリリースされてるじゃん」ということになってしまうのだが、現実にはクラプトン、ジミヘン、ジミー・ペイジなど、ブルースやR&Bなどの黒人音楽に精通したギター奏者への支持率が突出していた時代であった。

ロバート・フリップの考え
さて、そんな時代にリリースされた『クリムゾン・キングの宮殿』とはどんな作品だったのか。冒頭のコピーで、僕は“世界中を驚愕させた革命的なデビュー作”と言ったが、大げさでなく本当にこのアルバムはロック界に革命を起こした。それまでロックの世界になかった“プログレッシブロック”という概念を携え、キング・クリムゾンは登場した。
ロバート・フリップをヘッドに据えたキング・クリムゾンの音楽は、それまでのロックとはまったく違っていた。特に、60年代後半の多くのグループが陥っていた「即興演奏」至上主義とは真逆のスタンスであった。その秘密がどこにあるかというと、ひとつにはフリップの目標が明確であったことと、それを具体化する戦略を冷静に構築したこと、もうひとつはクリムゾンのメンバー個々の演奏能力が並外れて高かったことの2点に尽きるだろう。
クリムゾンの音楽を構築する上で、フリップが考えたのは、個々の確固たる演奏技術を軸に、クラシック音楽やジャズのオーケストラのように音楽を構築していくこと。言い換えれば、フリップ自身の頭の中にあるイメージを音楽という形に表現することにあったのではないか。おそらく、当時流行していたアドリブの高揚感などはどうでもよく、思慮深く譜面に組み立てていくクラシック的な音楽作りを重要視したのである。
その結果、生み出されたのは、リスナーが主体のダンスやストレス発散のための消費物ではなく、あくまでもミュージシャンが主体で、リスナーの想像力を掻き立て、何度でも傾聴するに値する芸術的な作品である。フリップはリスナーの感性や身体性に訴えるのではなく、リスナーの知性や想像性に訴えかける作品を創り上げたのである。絵画で言えば、ムンクの『叫び』やピカソの『ゲルニカ』、ダリの『記憶の固執』のような超現実的なテイストが彼のモチーフであったのかもしれない。
また、このアルバムを制作するにあたって、60年代当時のシンセサイザーの進歩と、そこに新しい可能性を見出したクリムゾンの実験性も見逃せない。このアルバムで使われているのはメロトロン(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%B3)で、この楽器は60年代中頃に出回ったばかりで、最初期にはムーディー・ブルースのマイク・ピンダーがいち早く使用し、クリムゾンのイアン・マクドナルドがこのアルバムで使用することで世界的に広まったのだが、メロトロンの重厚なサウンドがこのアルバムのコンセプトにぴったり合致したことも、このアルバムの成功につながった要因のひとつだろう。

アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』収録の楽曲について
冒頭を飾るのは、まさしくこのアルバムの性格を印象付ける名曲中の名曲「21世紀の精神異常者」である。この曲は人間なら誰しもが持つ狂気・不安・恐怖などのイメージを具現化したものである。サウンド感覚は国籍や肌の色は関係なく、人間の根本にある普遍的なものであるだけに、聴いた者は必ず引き込まれる。メロディー、繰り返されるリフ、歪ませたヴォーカル、フリージャズ的な破壊的演奏など、どこをとっても完全無欠の仕上がりだ。69年の時点で、この曲を凌ぐロックが他に存在しなかったことは紛れもない事実で、現代音楽、フリージャズ、ハードロック、ワールドミュージック、前衛芸術までをも包含しているのに、これほど分かりやすく提示し得たクリムゾンの、グループとしての力量には戦慄さえ覚える。
2曲目の「風に語りて」は美しく叙情的で、アルバム中一番まともというか、楽曲としてどう作られたのかが理解しやすいかもしれない。ただ、マイケル・ジャイルズのジャズっぽいドラミング、イアン・マクドナルドのクラシカルなフルートソロ、ロバート・フリップによる浮遊するようなギターを、それぞれじっくり聴いてみると、ロックにおける常識的な表現方法を使っていない(特に分かりやすいのはドラム。リズムはエイトビートだが、ロック的なエイトビートでは叩いていない)。だからこそ、この曲が心に残るのではないかとも思う。
次の「エピタフ(墓碑銘)」は最も好きなクリムゾンの曲として挙げる人が多いが、この感傷的でドラマチックな構成が、特に日本人には受けるのだと思う。エピタフタイプの曲って多いからね(というか、これをパクッた曲が多すぎる…)。特に、グレッグ・レイク(後にEL&Pに移籍)のヴォーカルがこの曲にぴったりで、彼の最高の歌唱が聴ける。後半のメロトロンの音色と、ドラマチックに盛り上がっていく手法は、プログレの常套表現として、これ以降多くのグループが取り入れていく。
「ムーンチャイルド」も静かで幻想的な曲。全編にわたって、フリップのギターはジャズ的なイディオムを縦横無尽に操り、最高の演奏をしている。幻想的な音使いは、ガムラン音楽やフリージャズの語法を実験的に用いている。この曲をはじめ、彼のギターの技術力はデビュー時点で申し分のない表現力を持っていたことが分かる。
アルバムの最後はアルバムのタイトルトラック…というだけでなく、グループ名にも使われているだけにグループとしての自信に満ちあふれた出来栄え。この「クリムゾン・キングの宮殿」 は「風に語りて」と同様、イアン・マクドナルドとピート・シンフィールドのふたりで作った壮大な曲だ。メロトロンと重層的なコーラスがアルバム全体の重厚感を増し、クラシック的な展開がプログレの醍醐味を堪能させてくれる。なぜか中世ヨーロッパに足を踏み入れたかのような錯覚が生じる不思議な余韻が残る名曲である。

ロックの最重要作の一枚
何度も言うが、このアルバムはプログレッシブロックというジャンルを確立した記念碑的な意味を持つ。それだけにフォロワーもたくさん現れるが、後輩のEL&Pはもちろん、ムーディー・ブルースやピンク・フロイドといった、クリムゾンの先輩たちですら、その影響から逃れられなかったし、レッド・ツェッペリンなどのハードロックバンドでも、「天国への階段」を聴くと、クリムゾン的な音づくりに憧れていたことが分かる。
アメリカのようにブルースやカントリーをルーツに持つ国と違って、イギリスは古くからクラシック音楽が盛んであっただけに、クリムゾンやイエスのように白人ならではの音楽が愛される風土のようなものがあるのだろう。日本ではフラワー・トラベリン・バンドがフォロワーの代表であったが、四人囃子や初期のゴダイゴもクリムゾンに影響されたグループである。
このアルバムを発表した後、メンバー間のいざこざ(ロバート・フリップのワンマンぶりに他のメンバーがついていけなかったとも言われている)で、イアン・マクドナルドとマイケル・ジャイルズが脱退する。2作目以降もメンバーの入れ替わりは激しく、同じグループとはいえ、ロバート・フリップ主催のプロジェクト的な意味合いが強くなる。そういう意味でも『クリムゾン・キングの宮殿』は、メンバーの結束と試行錯誤によって生み出されたキング・クリムゾンというグループの唯一の作品だとも言えるし、グループとしての協調と切磋琢磨があったからこそ、これほどの名盤ができたのだと僕は思う。

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