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坂本龍馬の「北辰一刀流長刀兵法目録」の 本物鑑定までのエピソード

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11月7日、高知の龍馬歴史館(創造広場「アクトランド」)が所有する、坂本龍馬が江戸の千葉道場で修業した北辰一刀流の免状「北辰一刀流長刀兵法目録」一巻(安政五年正月吉日付)が本物であるということが発表された。
 
他ではあまり語られていないが、この本物鑑定にこぎつけるまでには幕末の子孫たちが大きく関わった。というのも、この資料、今年5月30日の龍馬像米寿記念イベントを前に、龍馬歴史館で展示されていたもの。「北辰一刀流長刀兵法目録」は、今年3月頃、龍馬歴史館運営する「創像広場アクトランド」の館長・北村精男(あきお)氏が知人から譲りうけたものだが、入手ルートの完全なる解明もままならなかったことなどから、本物であるかどうか不明なままだった。この春、北村館長と知りあった幕末の子孫たちが北村館長から「ぜひ、鑑定をお願いしたい」との依頼を受けたという。実際の鑑定に至るまでには幕末の子孫たちと関わりの深い、『坂本龍馬関係写真集』の著者・古写真調査研究会の倉持基氏がアドバイザー的な立場になり、最終的には京都国立博物館の宮川禎一(ていいち)氏に鑑定が依頼された。
北村氏(左)と宮川氏(右)
鑑定はすでに本物と認定されている他の北辰一刀流目録と比較しながら、書体や筆跡などから既出の目録と共通性があることから、坂本龍馬が桶町千葉道場の道場主・千葉定吉より授けられた免状(目録)そのものであることが判明した。「北辰一刀流長刀兵法目録」は、若い龍馬が江戸で鍛錬に汗を流した北辰一刀流の武術のうちの長刀兵法の目録で、安政五年一月(1858年2月)、龍馬24歳のときに受けた免状(目録)と言われている。この目録は、千葉定吉の娘たちの名前、佐那(さな)・里幾(りき)・幾(い)久(く)が連なっているユニークなもの。文久三年(1863年)に龍馬が姉・乙女(おとめ)に宛てた手紙の中で、この目録の存在について言及している。 「龍馬の許嫁」と言われる千葉佐那の名前も記されており、佐那の名前が入った目録はこれだけとも言われている貴重な史料。 龍馬と佐那の関係性を裏付ける物的証拠史料となるのではないかとも注目されている。 

北辰一刀流千葉定吉・重太郎の子孫、稲岡麻衣氏は 「貴重な資料が保存状態も良いままで発見され、京都国立博物館でみて頂けたことは子孫として大変光栄なことです。今後のさらなる発見に期待します」というコメントを寄せた。今回の鑑定に導いた郷土坂本家十代目当主・坂本匡弘氏をはじめ、30名程の幕末子孫グループをとりまとめている小曽根乾堂の子孫・小曽根克秀氏は、 「今後も貴重な子孫だけが持つ情報や宝物が散在しないように、歴史的な価値を確かめつつ、広く一般に伝承していきたい」と話している。「北辰一刀流長刀兵法目録」の一般公開は11月13日から龍馬歴史館にて。来年の秋には京都国立博物館での特別展示も予定されている。 今年は坂本龍馬生誕180年という節目の年。今後の報道発表にも期待がかかる。
 (Written by 佐藤正子)(Photo by 林道雄)
■一般公開に関するお問い合わせは:龍馬歴史館:創造広場「アクトランド」TEL:0887-56-1501 URL:http://actland.jp/
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