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藤竜也 仕事は女の子と同じで飽きちゃったらツラいだけだよ

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 かつては渋い二枚目役を演じることが多かった俳優の藤竜也だが、最近ではそれまでのイメージに当てはまらない役柄を演じる機会が増えている。四十代後半から変わった自分の演技について藤が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏の週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。

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 藤竜也は2015年、北野武監督の映画『龍三と七人の子分たち』に主演、時代遅れの老ヤクザ役に扮している。

「話が来て、ラッキーと思ったよ。『彼から仕事をもらったよ。嘘だろう』みたいな感じ。現場では監督から直接何かを言われることはなくて、助監督がメッセンジャーで来て簡単な指示をするだけでした。『もう少しテンポを早く』というのが多かったかな。共演者はみんな、長年やっている俳優ばかりだから、簡単なことを言われるだけで分かるんですよ。それだけで、自然とその方向に動き出せる。

 それでも北野組が持つ緊張感はあった。お茶を飲みながら世間話するような感じではなくて、監督の指示を吟味して次のシーンに挑んでいくという。ですから、いい感じの現場でした。自分としては、いつもと同じで演じる役のキャラクターデザインをするだけです。漫才の掛け合い的なところは演じ方がよく分からないから、そこは北野監督にお任せしました。

 ヤクザ役は長年やってきたから、切り口はだいたい分かるんですよ。こちらとしては喜劇かどうかは関係なく、真摯にこの役に向き合い、シリアスに老ヤクザを演じました。たしかに今回はコメディでしたが、本人がキチンと演じていればそれでオッケーで、あとは北野監督が編集段階でいろんなことをしてコメディにしてくれますから」

 近年の藤竜也は『龍三』の他にもNHK時代劇『かぶき者 慶次』や二時間ドラマ『縁側刑事』(TBS)などで、これまでのダンディなイメージとは異なる老境の役を演じている。

「同じ役ばかりやっていると、秋風が吹き始めてきてね。『どこを切っても藤竜也』の金太郎飴だと、誰でも飽きてくる。そうしたら仕事がなくなって。本当に二年か三年かに一回とか。

『いつもの藤竜也』で仕事が来ないなら、変わらなきゃしょうがない。それで、四十代の後半に金太郎飴を止めてみたんですよ。今度は『藤竜也』を捨てて、役に僕の肉体を貸すというやり方にした。でも、それができるようになるまで七、八年はかかったかな。オファーする方に『藤竜也もそういう演技ができる』と信用してもらえなくて。

 今は役柄を『デザインする』と考えるようにしています。そのやり方は役によって変わるんだけど。役を切り口に、この男はどんな学校を出て、どんな仕事をして、どんな性格なのか、そういうプロファイリングをしています。勝手に出身校を考えて、その学校まで行ってみたりね。それで校庭の銀杏の木を眺めながら『ああ、こいつはここでこういうことを思っていたんだな』とか。それが演技の何の足しになるかは分かりません。

 ただ、そうすると安心できるんです。ようは、自分に自信がつけばいい。そうすれば、自分の体を役に託すことができて、勝手にその役が喋り出します。

 一番大事なのは、仕事に飽きないことだと思う。飽きちゃったら、どんな努力してもダメだね。女の子と同じだよ。飽きちゃった女の子と一緒にいても、それってツラいだけだからね」

■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

※週刊ポスト2015年11月20日号


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