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デフ・レパードの『PYROMANIA』は、80年代ヘヴィメタルブームに火を放った名盤!

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10月30日、7年振りとなるアルバム『Def Leppard』をリリースし、その直後の11月に開催される約4年振りの来日公演では、アルバムの楽曲を世界に先駆けて初披露することが決まっているデフ・レパード。彼らの代表作として名が挙がることが多いのは、全世界で2000万枚という破格のセールスを記録した1987年のアルバム『HYSTERIA』だが、メタルファンの間で圧倒的に人気が高いのは、3rdアルバム『PYROMANIA(邦題:炎のターゲット)』だ。文字通り、80年代メタルブームの火付け役となった名盤について語る。

 1970年代末にイギリスで勃興したムーブメント、NWOBHM(New Wave Of British Heavy Metal)の一角として、アイアン・メイデンやサクソンに交じり登場したデフ・レパードは、男臭さ全開のNWOBHMバンド勢において、万人受けするポップセンスを備え、デビュー当初から異質な存在だった。デビューシングルでいきなり「ハロー・アメリカ」と、アメリカ市場への野望を隠そうとしなかった彼らは、自らを他のNWOBHMバンドと一線を画し、独自のキャッチーさと英国人らしいセンチメンタリズムを配合したスタイルを模索した。一説によれば、彼らはNWOBHMにカテゴライズされることを嫌っていたという。
 1983年、NWOBHMの人気に陰りが見え始めたその頃、アメリカ西海岸ではまったく毛並みの違うスタイルのヘヴィメタルに若者が群がっていた。その年の1月にレコード店に並んだ本作『PYROMANIA』は、そうした若者たちから熱狂的な支持を獲得することに成功。シングル「Photograph」、「Rock of Ages」、「Foolin’」といったシングルが次々と全米チャートのトップ20圏内入りしたことで、この年だけで600万枚の売上を計上(最終的には1000万枚超)。チャートでの最高位は2位だったが、その時首位に君臨していたのがマイケル・ジャクソンの『スリラー』だったと言えば、この2位にどれほどの意味があるかが分かるだろう。
 ヒットの決め手となったのは、プロデューサーのロバート・ジョン“マット”ラング発案による、ポップ&キャッチーさと、デビューアルバムから培ってきたヘヴィメタル然とした力強いエッジを両立させたサウンドを融合させた新たなスタイルを導入したことだった。曲によっては大胆にシンセを導入するなど、それぞれの楽曲の世界観を精密に描くことで、幅広いリスナー層に訴えかけた。特に声を張り上げて一緒に歌いたくなるフックを持つメロディーを、何層にも重ねて圧倒的な音圧で攻めるビッグコーラスは、デフ・レパードの代名詞とも言うべき武器となり、HM/HRのジャンルに限らず、ポップシーンにも影響を与えたと言われている。1990年代に世界的に人気を博した英ロックバンド、チャンバワンバもそのひとつだ。
 デフ・レパードが、同時期に勃発したいわゆる“LAメタル”ムーブメントから出てきたバンド群と決定的に違ったのは、彼らには英国人の血が流れていたということだ。憂いと哀愁に満ちた繊細なメロディーは英国人ならではのもので、モトリー・クルーやラット、あるいはクワイエット・ライオットから出てくるものとは明らかに違っていた。良質なメロディーを量産できたことが、ひしめきあうバンド群の中から頭ひとつ抜きん出、後にモンスターバンドへと成長できた理由でもあったといえる。イギリスのバンドとしてのアイデンティティーを強く押し出しつつも、アメリカのマーケットが求めるアクセシブルなサウンドを追求するアプローチが功を奏したわけだ。
 まさに『PYROMANIA』は、バンドの良質なメロディメイカーとしての側面と、威勢のいいメタルバンドとしての側面が最高のバランスで相容れたアルバムだ。ヘヴィメタルというジャンルをメインストリームの舞台に押し上げ、1980年代をヘヴィメタルの黄金期へと導いたアルバムといった差し支えないだろう。その功績は極めて大きい。

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