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豪華絢爛な建物はなんと元揚屋! 花街・島原にただよう雅なカフェに心奪われる【きんせ旅館】

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メシ通読者の皆さんは、世界最古の花街である「島原」をご存知ですか?

京都の玄関口、JR京都駅のひと駅となり、JR丹波口駅から南東に歩いて10分ほどにある地域で、かつては老若男女が楽しめる遊宴の街として発展しました。

幕末には新選組の隊士たちもよく島原に通っていたと言われています。

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当時の面影をそのままに残す島原大門。かつてはここが島原の入り口でした。

江戸期はずいぶん栄えたそうですが、次第に衰退し、現在は住宅街となっています。しかし、島原大門やいくつかの古い建物は、当時を忍ばせる建築物として残っています。

こちらの建物もそう。

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本日メシ通読者の皆さんにご紹介するのは、揚屋としてつくられた「きんせ旅館」です。

「え、『メシ通』なのに旅館の記事?」と、読者の皆さんの声が聞こえてきそうですが……、よ~く見てくださいっ!

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看板には「CAFE and BAR」の文字が!

きんせ旅館は、1階がカフェ&バー、2階が1日1組限定の宿として営業されているんですよ。2階の宿泊客は9割が外国人の方なんだとか。京都の風情を求めてやって来るそうです。1日1組限定なんて、なんだかVIPですねえ! 機会があれば私も泊まってみたいものです。

さてさて揚屋って、一体どんな建物だったんでしょう? Wikipedia先生は「揚屋(あげや) は、江戸時代、客が、置屋から太夫、天神、花魁などの高級遊女を呼んで遊んだ店」とおっしゃってますが、どんな中身なのか気になる!

早速店内に入ってみましょう!

美しすぎる、揚屋の空間美!

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玄関を抜けると、欄間に鳳凰(ほうおう)、正面に牡丹のステンドグラスがお出迎えしてくれます。あまりの美しさに思わずため息が出てしまいます。

床には大小さまざまなタイルが敷かれ、色とりどりで豪華なたたずまい。当時の太夫さんやお偉いさんがここを通ったと思うと、ワクワクしてきますね。金色の鹿が置かれていても違和感のない空間、ここしかない!

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が、

うっとりするのはまだ早い!

ガチャッ。(扉オープン!)

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お、

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おっっっしゃれ~!!

外観の印象とは違い、内観は意外にも西洋風。優美で上品な空間です。ランプやシャンデリアがかかっているのに、建築は木造というのが独特ですね。あれ、いまって平成27年だっけ。明治初期かなにかの間違いでは……。

と、私が混乱するのも無理はありませんでした。この建物の基礎と外観はなんと推定築年数250年。2015-250……、1765年っ!? 明和2年、なんと江戸時代に建てられたものなんです。明和の頃と言えば教科書で必ず載っている、江戸幕府の老中、田沼意次なんかが生きていた時代。

すごすぎて「すごい」しか言葉が出てきません。月並みでごめんなさい。

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