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ルメートルのピカレスク・ロマン『天国でまた会おう』

生活・趣味
ルメートルのピカレスク・ロマン『天国でまた会おう』

 2015年は単行本の文庫化も含めれば3作ものピエール・ルメートル作品が刊行された。10月末から11月にかけては来日も実現し、知名度は上昇の一途である。某誌の企画でインタビューもさせてもらったが、おしゃべり好きな好人物で、作品について掘り下げた質問をすると途端に嬉しそうな顔になるのが非常に印象的だった。

 さて、そのルメートルには現時点で8冊の著作がある。デビュー作『悲しみのイレーヌ』と第3長篇にあたり、2014年に邦訳されて爆発的なヒットを記録した『その女アレックス』は、パリ司法警察の犯罪捜査部に奉職するカミーユ・ヴェルーヴェン警部が主役を務めるシリーズの第1、2作にあたる。日本での紹介は逆になったが、それはミステリーとしてのマニアックさが第1作のほうが上だからである。ルメートルが先行作に対するオマージュを溢れんばかりに詰め込んだのが『悲しみのイレーヌ』なのだ。その後日譚となる『その女アレックス』には前作の結末についての言及があるので、どうしてもネタばらしが厭な人は順番に読むことをお勧めする。しかし、両作の本質は続き物であるという点にはなく、それぞれまったく別のテーマをミステリーとして追求しているので、単独作として読んでもまったく問題はない。

 未訳も含めて5作あるヴェルーヴェン警部もの以外に、3作のノンシリーズの長篇がある。第2長篇となる『死のドレスを花婿に』(以上すべて文春文庫)は、既訳作品の中でも最も奇手が目立つ1作で、フランス・ミステリーのファンはこれが一番のお気に入りになるかもしれない。そして2013年に出た最新作、やはりノンシリーズの長篇が『天国でまた会おう』(ハヤカワ・ミステリ文庫)である。この作品はなんと、フランスでもっとも権威ある文学賞と言われるゴンクール賞を獲得した。旧くはマルセル・プルーストやアンドレ・マルロー、マルグリット・デュラス、昨年のノーベル文学賞受賞者でもあるパトリック・モディアノも授かったことがある由緒ある賞だ。フランスにイスラム政権が誕生するという衝撃的な内容の諷刺小説『服従』(河出書房新社)を2015年に発表したミシェル・ウエルベックも2010年に同賞を獲得している。ミステリー畑出身の作家では1989年のジャン・ヴォートランに続く快挙である。

 では受賞作『天国でまた会おう』は難しい小説なのかというと、少しもそんなことはない。ピカレスク・ロマンの定型に沿った娯楽小説であり、ルメートル作品の中ではもっとも読みやすいと言ってもいいくらいだ(残酷描写が少ないので、気の弱い読者向けでもある)。ルメートルは「19世紀最後の作家」を自称し、自身のルーツの一つがフランスの新聞連載小説(ロマン・フィユトン)にあることを明かしている。オノレ・ド・バルザック以来の大衆小説の流れを自作で承継することを望む作家なのだ。これが退屈になるはずがない。

 物語は1918年11月に始まる。多くの死者を出した第一次世界大戦の西部戦線、その塹壕の中に主人公はいる。裕福な家に生まれ、銀行員として平凡な人生を歩んできたアルベール・マイヤールだ。間もなくドイツ軍との間に休戦協定が結ばれるという噂があり、軍の士気は見るからに低下していた。そんな中、マイヤールの上官であるアンリ・ドルネー=プラデル中尉は無謀な突撃命令を下す。嫌々ながら塹壕から飛び出したマイヤールは、プラデルが戦火に紛れて恐るべき不正を働いているのを目撃した。しかし、それを誰に告げる暇もなく彼はプラデルによって突き落とされ、砲弾がえぐった穴の中に生き埋めにされてしまう。一時は仮死状態に陥ったマイヤールだったが、思いがけず救いの手を差し伸べられる。戦友であるエドゥアール・ペリクールが、彼の窮状に気付いてくれたのだ。

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