オオカミ先輩から教わること

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タイリクオオカミb

 オオカミは犬の先祖だと言われます。実際のところ少し違う解釈が必要ですが、言わばオオカミは犬の先輩のようなものでしょう。ならばそのオオカミ先輩達を実際に見に行こうじゃないかと、東京都にある多摩動物公園でオオカミの群れの観察を行いました。このオオカミはタイリクオオカミという種類で、ごく一般的なオオカミです。

 観察したのは2015年10月中旬。外気温22℃。天気も良く、温かい日のもと、オオカミ先輩たちの暮らす飼育場に2時間張り付いて観察を行いました。オオカミといえば、”恐ろしい”や”獰猛”というイメージがありますが、この陽気のせいか、はたまた安全な動物園暮らしの影響か、オオカミ先輩達はマッタリとお昼寝したり、ちょこっとフラフラと歩いていたりと穏やかに過ごしています。

 基本的にちっとも動きませんでした。思わず「犬かよ!」とツッコミたくなる程です。せっかく足を延ばして多摩動物公園まで来たのだから、オオカミらしいワイルドな光景を見たいものです。そんな私の思いとは裏腹にオオカミ先輩達は平和な時間を満喫しています。動物の観察で一番難しいのは、こちらの意図する事をしてくれるとは限らない事です。ここは、先輩達から目を離さないようにして、じっくりと待つしかありません。

 すると、先輩達に動きがありました。1頭の体格良い雄が動き始めます。TOPの画像の右端のオオカミです。その他のオオカミも、最初に動き出したオオカミの後に付いて歩き始めます。途中、列の2番目のオオカミが地面の匂いに気を取られていると、先頭のオオカミがそれに気づき、後ろのオオカミを睨みました。2番目のオオカミはハッとしたかのように先頭のオオカミと目を合わせて、すかさず後を付いて行きます。その先頭のオオカミは他のオオカミを引き連れて群れで歩いていました。犬でいうところのお散歩ですね。

タイリクオオカミc

 飼育場の端まで行くと、その先頭のオオカミは他のオオカミ達を押しのけて広いスペースで伏せて横になりました。いかにも堂々としたこの態度から、このオオカミの群れのリーダーであることが解ります。

 オオカミのリーダーの事をアルファと呼びます。アルファはオオカミの序列のトップであることを指します。ようやくアルファが判明したので私はこのアルファに注目して観察を続けました。実は今回の観察の目的は、オオカミと犬のコミュニケーションの方法を比較した論文を書くためです。アルファが動けば、他のオオカミも動き出すはずです。なのでアルファに注目して観察を続けました。しばらくすると、群れのオオカミ達が、おのおの自由に辺りを散策し始めます。草むらの匂いを嗅いだり、排泄したりと、その姿は犬そのものといったところです。アルファが歩いている所に、他のオオカミが近づきます。するとアルファは相手を一瞬鋭く睨みます。睨まれたオオカミは、驚いた様子で引き下がります。これを動物行動学の観点で翻訳すると、こんなかんじでしょうか。
アルファ:「邪魔だ。どけぃ!」
他のオオカミ:「さ、さーせん!」

 この一瞬のやり取りにも、個体間のコミュニケーションがあるわけです。このようなコミュニケーションは犬でもよく見られるものです。しかし、犬とオオカミの決定的な違いは、オオカミほどの序列の強さが無いことです。犬にもアルファは存在します。オオカミと同様に、アルファは常に落ち着いていて、堂々としています。反対に劣位の個体は、アルファほどに堂々とは振る舞いません。こうした序列は犬にも見られますが、オオカミのそれと比べると、序列のルールは犬のほうが甘いと言えるでしょう。

 こんな静かなコミュニケーションが続く中、アルファが他のオオカミを引き連れて高い位置に移動し始めます。なにが始まるのかとワクワクしていると、アルファが弱く静かに遠吠えをはじめたではありませんか!わたしは「お!きた!」とテンションが上がります。アルファが遠吠えを始めると、他のオオカミも同調し、遠吠えの合唱が始まりました。最初は弱く、小さい遠吠えが、どんどん強く、長く、音量も上がっていきます。「ワォ~〜〜〜〜〜〜」と全員で美しい遠吠えをあげています。

タイリクオオカミd

 とても美しいその遠吠えが来園者を惹きつけ、多くのギャラリーが集まってきます。先輩たちはギャラリーのことなど微塵も気にしない様子で、合唱を続けます。先にアルファが遠吠えを止めると、すぐさま他のオオカミも遠吠えを止めます。遠吠えが終わった先輩たちは、それぞれに伸びをしたりして、リラックスしていました。

観察を終えて

 今回の観察では、残念ながらオオカミらしくお互いに咬み合ったりといったワイルドな行動は観察できなかったものの、常に群れという単位で移動をしたり、遠吠えをしたりといった事や、アルファから発せられる、その強いエネルギーのような物を感じる事ができました。個体間の静かなコミュニケーションは犬のそれと近いものがあります。オオカミが移動して、1頭が置き去りになると、慌てるようにして、群れに付いて行く様も犬と同じです。アイコンタクトの取り方や、仕草もそっくりなものでした。

 よく、オオカミは犬の先祖だと言われます。厳密にはオオカミが先祖なのではなく、オオカミと犬は共通の先祖を持つというのが現在の解釈です。長い進化の過程で、犬とオオカミは互いに違う道のりを歩んできました。それは今から数万年前とされています。当時、共通の先祖であるイヌ科の動物はきっとオオカミのような動物だったことでしょう。しかし、その後に犬も大きな進化を遂げたように、オオカミも進化しているはずです。なので、現在に生きるオオカミが、そのまま犬の先祖だとすることのほうが無理があります。しかし、犬の先祖の姿を見たいと思えば、現在のオオカミが一番、それに近い動物だと言えるでしょう。

 オオカミ先輩たちがマッタリと過ごしている姿は、犬そのものです。外見上、少し頭が大きいのが犬と違っている点です。今回の観察では、オオカミが群れで生きる動物であるということを、肌身で感じれたことに収穫がありました。犬も多頭で飼うと、オオカミと同じように、群れで行動をします。また、決定的な違いは、オオカミの群れには人が含まれない点でしょう。犬の群れには人が含まれます。

 犬は我々ヒトと共に進化した動物だと言われます。それ故に犬の群れにはヒトが自然と含まれるのでしょう。他の多くの動物とは違って、犬はヒトと群れをなして生きる動物であるわけです。だからこそ、我々は犬と共に楽しい生活が送れるわけですね。

 我々が忘れてはいけないのが、犬を擬人化することにより、オオカミ先輩たちから受け継いでいる本来の習性を潰してしまうことではないでしょうか。犬やオオカミに限らず、群れで生きる社会的な動物は、群れが形成できない状態では、不安が強くなります。1頭では弱い存在だからです。それは私達ヒトにも同じことが言えるでしょう。犬が持つ群れの本能や欲求を、ヒトが積極的に満たしてあげたいものだと感じた一日でした。

 再度、この多摩動物公園を訪れて、先輩たちの行動を観察したいと思います。

TOP画像は著者が撮影したもの。

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(執筆者: MASSAORI TANAKA) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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