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ロングトレイルは、「いまこの瞬間を楽しむ」スタイルだー佐々木俊尚ー

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佐々木 俊尚

作家 ジャーナリスト TABI LABO共同編集長

『21世紀の自由論ー「優しいリアリズム」の時代へ 』『レイヤー化する世界』など著書多数。キュレーターとして、Twitterで情報技術やメディア、社会について積極的に発信している。

わたしは学生時代から山に登っている。20代のころは冬の岩壁や氷瀑をクライミングしたりもしていたけれど、最近はただひたすら歩くのが好きだ。

でもそうやって歩いているうちに、「ただひたすら登って、山頂に着いたら、後はただひたすら下る」というスタイルに疑問を持つようになってきた。そもそもわたしは山道を歩くのが好きなだけなので、別の山頂なんか行かなくたっていいんじゃないか?

そういう時に出会ったのが、「ロングトレイル」というスタイルだった。数年前のことだ。

ロングトレイルが好きだというと、「登山道を走るやつ?」とよく誤解されるけれど、あれは「トレイルラン」。ロングトレイルは走らない(走っても構わないけど)。山頂を目指すのではなく、登山道や田畑のあぜ道、牧場の中の踏み跡、ときには車道などを歩いて、ただひたすら横に移動していくハイキングのやりかたのことだ。

ロングトレイルはもともとアメリカで始まったスタイルで、延々3500キロもあるアパラチアントレイルなどアメリカにはたくさんのトレイルがある。このスタイルを日本に紹介したのがバックパッカーの故加藤則芳さんだった。

その後ロングトレイルの協会もできて、日本のあちこちにさまざまなコースが設定されている。わたしは最近、八ヶ岳山麓スーパートレイルを好んで歩いている。八ヶ岳というのは2800メートルぐらいの高山がめんめんとつながっている山脈だけど、このスーパートレイルは山頂にはまったくたどり着かない。山脈のふもとをぐるりとまわるだけなのだ。一周するとだいたい200キロ。林道や登山道を伝いながら横へ横へと移動していく。
ロングトレイルを歩いていると、不思議な感覚が浮かんでくる。ふつうの登山だと、目標は明確だ。「山頂まであと3時間か」「あの急登をこえれば稜線だ。あと少しがんばれ」「目の前に見えるピークが山頂だろうか。早くたどり着きたい」。

しかしロングトレイルには、目標がない。いちおうは「今日はこのぐらい歩けるかな」というゴールを考えるけれど、そのゴールは決して明確な目標ではない。単なる目安の地点にすぎないのだ。いちおうの終わりはあるけれど、終わりをめざしているわけではない。

だから歩いていると意識は、「自分は永遠にこの道をたどっていくのだ」という漠然とした認知の中へと沈んでいく。どこまでもどこまでも、ただ道が前にあり、足が動く限り、旅が続いていくのだという感覚。いま歩いていることの気持ちよさだけが、意識の上を流れていくような感覚。自分がいまある状態を楽しむということ。

そう、いまこの瞬間を楽しむということ。この感覚は、2010年代という時代にとてもマッチしているのではないかと最近考える。右肩上がりの成長という幻想がなくなっていく社会の中で、わたしたちにとっていちばん光り輝いているのは「明日」ではなく「いま」なんじゃないだろうか。

この世界で生きていくためには、いまそこにあることを楽しむしかない。「現在」に喜びを見いだすしかない。そういう無意識が、持続的なスポーツであるランニングや登山、水泳、自転車をおおくの人が好むようになっている背景にあるのかもしれない。

不安を抱いていても解決はしない。とりあえず今を楽しみ、その中で見えてくる何かに期待しよう。わたしたちの人生は、そういう持続の先にこそ存在しているんじゃないかな。

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