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一風変わった主人公たちの短編集『地球の中心までトンネルを掘る』

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一風変わった主人公たちの短編集『地球の中心までトンネルを掘る』

 子どもの頃は、地面をずっと掘り続けていくとアルゼンチンに着くと思っていた。実際ちょっと掘ってみたこともある。あのときやめたのは砂場用のスコップでは無理だと思ったからか、それともアルゼンチンの人に会っても言葉がわからないと不安に駆られたからか。「ぼくたちは決して地球の中心までトンネルを掘ろうとしていたわけじゃない。そう、ぼくたちだってそこまでとんまじゃない」という自覚があったにもかかわらず、地面を掘り続けたのは表題作の主人公たちだ。

 本書はそんな一風変わった主人公たちが続々登場する短編集である。「人体自然発火」という現象で両親を亡くして以来自分もそうなるのではないかと怯えつつ、精神的に不安定な弟を支えながら暮らしてきた青年(「発火点」)。ハイスクール対抗のクイズ大会に向けて努力を続ける中、ふとした拍子に相手を恋愛もしくは性的な対象として意識するようになってしまったふたりの男子高校生(「モータルコンバット」)。母の希望でチアリーダーになったものの、ほんとうに好きなことはプラモデル作りで、奇行で有名な近所の12歳の少年にしか心を許せない16歳の少女(「ゴー・ファイト・ウィン」。痛々しくて見ていられないと思うのに、世間に対して居心地の悪さを感じ続けている様子が自分と重なるような気もして、彼らから目が離せない。

 出版元の東京創元社では、現在本書の収録作品について人気投票を実施している。2015年11月9日(月)まで、本書の11編のうち好きな作品を順位付けしたうえで、最大3作品に投票できるとのことだ。これは難問である。私の場合、必ず上位に食い込んでくるのは「替え玉」と「あれやこれや博物館」。しかし、もう一編を「ツルの舞う家」か表題作「地球の中心までトンネルを掘る」かにするかで大いに迷う(そう考え始めると、いや「モータルコンバット」も捨てがたいとか、やっぱり「ゴー・ファイト・ウィン」は外せないんじゃないかとか、実は「ワースト・ケース・シナリオ株式会社」こそが真の名編なのではとか、さらなる迷いが生じるのでやっかいだ)。今日のところは表題作でいこう。3位「地球の中心までトンネルを掘る」、2位「あれやこれや博物館」、1位「替え玉」で決まり(2015年10月25日現在)。

「替え玉」は、核家族の元へ代理祖父母を派遣する会社〈グランド・スタンドイン〉に登録している56歳の女性が主人公。祖父母の派遣はどういう家族に需要があるのか。今の世の中、上昇志向の強い夫婦+子どもという構成の家庭が次々と誕生している。しかし、夫婦の両親がいずれも他界しているケースも思いの外多い。そうした場合、新米の親たちは”祖父母との関わりを持てずにいる我が子は人生における貴重な経験をしそびれているのではないか”と感じている。そこで代理祖父母の出番だ。人生は平等ではない。どんなに望んでも手に入れられないものがあるのはしかたのないことなのにそれをお金で解決しようという発想は、本来好まざるところだ。それでもこの物語に心を引かれてしまうのは、私がおばあちゃん子だったからだろう。もしうちの息子たちがおじいちゃんおばあちゃんの愛情を知らずに育つことになっていたら(かといって代理祖父母派遣サービスを使ったとは思わないが)、さぞ残念に感じたに違いない。この作品でもうひとつ特筆すべきは、代理祖父母たちがたいへんに魅力的であることだ。彼らはプロである。中でも主人公は群を抜いて優秀で、顧客からの評価は常にトップクラス。実年齢は56歳だが、求められる役割に応じてそれより年上でも年下でも演じられる(得意とする設定は、独り暮らしでいまだに活動的なお祖母ちゃん。ちなみに実生活での結婚歴はなし)。”お祖母ちゃんスキル”を磨くために通うコミュニティセンターの講座(料理・編み物・裁縫などなど)では、同業者が寄り集まって代理祖母限定の読書サークルが結成されたりもするのだ。私もゆくゆくはこの会社で雇ってもらえないだろうかと妄想してしまう。しかし、まだ存命中の祖母の替え玉を引き受けたことをきっかけに、彼女に転機が訪れた…。どんなにクールに仕事をこなしていても、結局は人間対人間という関係性からは逃れられない。最後に下した決断によって、果たして彼女が安らぎを得られたのかどうかがいつまでも気にかかる一編だ。

 本書は著者ケヴィン・ウィルソンの第一短編集。この本でシャーリイ・ジャクスン賞・全米図書館協会アレックス賞を受賞している。さまざまな味わいに満ちた短編揃いで、どれかしら気に入る(それこそ投票したいと思えるような)作品を見つけられるのではないかと思う。第一長編のThe Family Fangはニコール・キッドマンがプロデューサーとして映画化権を獲得しているそうで、そちらの続報も楽しみなところ。

(松井ゆかり)

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