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“人生の黄昏時”を迎えた詩人・松浦寿輝がかつての自分を眺めるとき

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「『主』と『客』という対立概念がある。家の内に住まう『ぬし』『あるじ』がおり、外から訪う『まろうど』がいる。人は或るときには『主』として『客』を迎え、或るときには『客』として『主』の歓待を受ける。思い返してみれば、これまでの人生で、すべてはそんなふうに進行してきたのではないか。性や食のような根源的な生命活動から、認識や表現といった精神的な営みに至るまで、誕生から死に至る人間の生活世界の無数の体験は、結局はことごとくこの『訪問』と『歓待』の、交替や逆転や補完の構造に還元されるのではないだろうか」

 こうした問いかけからはじまる、作家・詩人の松浦寿輝さんによる随想集『黄昏客思』。旅人という意もある”客”という視点から、これまで”主”として歩んできた道程、そのなかで出合った人やもの、芸術作品の数々を振り返るとき想うところ、その芳醇なる思索が20篇の随想として紡がれていきます。

「加齢とは、愉快も悲哀も、希望も失望も結局はそこそこのものでしかないみずからの人生の凡庸と、少しずつ慣れ親しんでゆく過程にほかならない」と、そのなかの一節にて述べる松浦さん。

 しかし同時に、次のようにも文章は綴られます。

「実際、大人になるとは、世界から謎が減少してゆくことへの幻滅が徐々に諦念へと変容し、その諦念に馴れ親しんでゆく過程にほかなるまい。しかし、大人になってしまったかつての少年たちの中にも、自分がかつて味わったその不可思議の余韻のかすかな反響を、人生の黄昏どきまで持ち越して、記憶の奥処にいつくしみつづけている者がいないわけでない」

 生まれ育った東京の下町を、あてどなく歩く幼少期の自分の姿。ひたすら自己の内奥に深く深く降りてゆくあまり、周りには目もくれず、地面に目を落としながら足早に家路へと向かう青年期の自分の姿。

 そうしたかつての自身の姿が、60歳を超えたいまの自分の横をふと過るのを認めたとき、いわばかつての自分を”客”の視点からいつくしみを持って眺めるとき、その胸の内にはどのような想いが去来するのでしょうか。

 充溢する諦念と共に、”客”であればこそ味わいうる恍惚や陶酔、そして生への大らかな肯定。

 多くの文章が溢れる世の中において、しばし足をとめ、静かにたゆたう時間の流れを贅沢に享受しながら、その言葉のひとつひとつをじっくりと味わうことのできる随想集となっています。

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