今週の永田町(2015.10.9~13)

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【第3次安倍改造内閣、本格始動】

先週8日、第3次安倍改造内閣が本格始動した。翌9日には、内閣改造に伴う副大臣・政務官人事を閣議決定し、副大臣の認証式と政務官の辞令交付が行われた。政権基盤の安定性と重要政策の継続性などを重視して閣僚が19人のうち主要閣僚など9人が留任となったが、副大臣(25人)の留任は2人に留まり、大幅の入れ替えとなった。

加藤1億総活躍担当大臣を支える内閣府副大臣に高鳥修一・党厚生労働部会長を、日米など交渉参加12カ国が大筋合意した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の大筋合意に伴う国内対策を担う農林水産副大臣に、経済産業省出身で農協改革や交渉の党内調整にあたってきた斎藤健・前党農林部会長を充てるなど、実務型の布陣となった。「派閥から(の推薦)はまったく受け付けていない」(菅官房長官)としつつも、党内派閥の所属議員数にあわせて副大臣・政務官ポストを比例配分する派閥均衡型で、党内に一定程度の配慮をした面もあるようだ。

 

政府は、安倍総理が新たな看板政策として打ち出した「1億総活躍社会」の実現に向け、関係閣僚と有識者で構成する「1億総活躍国民会議」を設置して、緊急対策(第一弾)を年内にも打ち出すとともに、総合的な対策と2020年までの具体的工程表について定めた「日本1億総活躍プラン」を来年前半にまとめる方針だ。加藤大臣は、国民的議論を重ねてコンセンサスを形成していくため、経済や労働、障害者福祉などの専門家たちに、国民会議メンバーとして参加してもらう考えを示している。今月中にも国民会議を立ち上げ、初会合を開催する方向で調整しているという。

国民会議の事務局機能を担う「1億総活躍推進室」は、専従職員として内閣官房や内閣府、厚生労働省など各省から20名程度を集めて組織する方針だ。司令塔として関係省庁間の総合調整や、経済再生・地方創生など他の重要政策を担う担当部署とも緊密に連携していくことが求められるため、少数精鋭の官僚らで構成するコンパクトで機動性の高い体制とするとしている。省庁間調整を補佐する事務方トップには、杉田官房副長官(事務)を充てる予定だ。

 

 ただ、1億総活躍社会に向けた政策テーマは横断的で、他の所管とも重なる部分も多い。具体的な政策内容が明らかとなっておらず、野党各党は「そもそも1億総活躍とは何なのか」(維新の党の松野代表)や、「具体的な政策を準備しているかは疑問」(民主党の岡田代表)などと批判している。

閣僚や与党幹部も「最近になって突如として突然登場した概念なので、国民の方々には何のことかという戸惑いみたいなものがまったくないとは思っていない」(石破地方創生担当大臣)、「非常に抽象的なスローガンだから、ピンとこない人もいるだろう」(公明党の山口代表)など、1億総活躍社会の曖昧さは認めている。また、与党内には、官邸主導で進められたことや与党への根回しが十分ではなかったことへの不満もくすぶっている。

 加藤大臣が国民会議を中心にどのような体系的かつ具体的な施策プランを策定し、甘利経済再生担当大臣や石破大臣、塩崎厚生労働大臣ら関係閣僚と連携して、実行できるのか。今後、加藤大臣の手腕が問われそうだ。

 

 安倍総理は、13日の日本経済再生本部(本部長:安倍総理)で経済の好循環、さらに新3本の矢の1矢目「強い経済」で掲げた名目GDP(国内総生産)600兆円を実現していくため、生産性革命に取り組む決意を示した。個人消費の拡大を狙った賃上げに続いて、内需の柱である設備投資・研究開発・人材育成を企業に促すのがねらいで、生産性本部は、政府と経済界が協議する「官民対話」の設置を決めた。経済界は、投資拡大に向けた環境整備として規制改革や法人税引き下げ、消費・設備投資の喚起策の実行などを求めており、こうした要望も官民対話で聴取していくことになるという。

 

 

【TPPの国内対策づくりがスタート】

 TPP交渉の大筋合意を受け、政府は、9日、全閣僚で構成する「TPP総合対策本部」(本部長:安倍総理)の設置を閣議決定し、初会合を開いた。また、政府の「農林水産業・地域の活力創造本部」と、農林水産省「TPP対策本部」(本部長:森山農林水産大臣)も相次いで会合が開催された。

 TPP総合対策本部の初会合では、(1)大企業や中堅・中小企業がTPPを活用して海外市場への進出を後押し、(2)イノベーション促進と国内の生産性向上、(3)合意内容を丁寧に説明し、農林水産業の体質強化策や重要5品目対策などを講ずることで国民不安の払拭、を柱とする基本方針を決定した。TPP合意をテコに経済の構造改革やグローバル化を加速させたい安倍総理は、TPPを成長戦略の切り札と位置付けて「我が国の経済再生、地方創生に直結させていきたい」と述べた。

TPP締結により農林水産物や加工食品の幅ひろい品目で関税を削減・撤廃することとなるが、農林水産業などから反発や影響を懸念する声も出ている。安倍総理は「守る農業から攻めの農業に転換し、意欲ある生産者が安心して再生産に取り組める、若い人が夢を持てるものにしていく」と、万全な対策を講じていく意向を改めて示した。

 

基本方針を踏まえ、11月中にも具体的な国内対策を盛り込んだ関連対策大綱を政府内で取りまとめる方針で、当面の対策財源は2016年度当初予算や2015年度補正予算に計上する見通しだ。まず、農林水産省TPP対策本部で関税引き下げに伴う安価な外国産農産物の輸入増加に備えるための農家支援策などを検討し、それらを盛り込んだ大綱原案を策定する。また、経済産業省も対策本部を設置して、中小企業対策の強化や、農産品の加工・輸出などの支援策などを検討するようだ。その後、政府の「農林水産業・地域の活力創造本部」(本部長:安倍総理)でとりまとめてTPP総合対策本部に報告、TPP総合対策本部で大綱最終案に仕上げるという。 

 政府内では、TPPの合意内容を踏まえた影響効果の試算、過去の通商交渉における関連対策の成果と反省、明確なKPI(重要業績評価指標)の設定とPDCAサイクルが必要といった声が出ており、こうした点も踏まえて大綱づくりを進めていくようだ。また、交渉結果や施策の丁寧な説明を通じて「国民の正確な理解に資する努力をしていきたい」(森山大臣)として、農林水産省は、15日から自治体・関係団体向けの分野別説明会を全国各地で順次開催していくという。

 

自民党は、8日、外交・経済連携本部・TPP対策委員会などの合同会議を開催し、TPPの合意内容に関する協議を行った。合同会議では、大筋合意を歓迎・支持する意見が出た一方、政府側の説明不足に対する不満や、影響を受けるとみられる農業や畜産業への不安も続出した。政府が交渉参加国間で協議中の内容を公表しない保秘義務がかかっていたことを理由に交渉過程・内容を明らかにしてこなかったことが影響して、大筋合意後に、園芸品目や鶏卵・鶏肉などの関税撤廃が含まれていることが判明したからだ。具体的には、イチゴやブドウの関税が協定発効時に直ちに撤廃、オレンジ・リンゴ・サクランボ・トマト加工品・鶏卵・鶏肉の関税も段階的に撤廃(6~13年)する。グレープフルーツや茶は6年目に、パイナップル生果は11年目に関税を撤廃する。

 自民党は、農林水産省に対し、TPPが影響を与える額を早期に試算することや、TPPに関する想定問答集を作成するなど説明強化などを指示した。今後、自民党と公明党は、それぞれTPP対策本部を立ち上げ、新たな補助金制度や輸出力強化策など独自の対策づくりをして政府に求めるという。今後、国内対策の取りまとめ段階や対策財源などをめぐって政府・与党間の駆け引きが激しくなっていきそうだ。

 

 

【軽減税率をめぐる与党協議、再開へ】

2017年4月に消費税率10%への引き上げに伴って負担緩和策として導入する、飲食料品・生活必需品などの消費税率を低く抑える「軽減税率」をめぐっては、自民党と公明党の主張の隔たりや、内閣改造・自民党役員人事で一時中断していた軽減税率に関する与党税制協議会を今週中にも再開することとなった。

協議会では、軽減税率の制度設計をめぐって調整が難航してきた。このため、財務省は、9月、消費税率を一律で10%に引き上げたうえで、マイナンバーカードを活用して申告手続きを行えば、酒類を除く飲食料品を購入した消費者に軽減税率分2%相当を一定時期にまとめて還付する「日本型軽減税率制度案」を協議会に提示した。財務省は、事実上の所得制限として、還付の年間上限額を一人あたり4000円程度に設定し、乳幼児も含め世帯単位で還付枠を合算できるようにすることも検討するとしていた。

 

こうした財務省案に、軽減税率の導入を強く主張してきた公明党から、軽減税率とは似て非なるもので事実上見送りだと反発、「マイナンバーカードを携帯する必要があるなど、消費者に煩雑な手続きを押しつける制度で非現実的なシステム」「還付案が機能するか疑問」「消費者の負担軽減、痛税感の緩和につながらない」と疑問視する声も相次いだ。また、全国の店舗に設置する記録端末を事業者の規模に応じて費用の一部補助や無償配布、「軽減ポイント蓄積センター(仮称)」の整備などに3000億円程度かかるうえ、増税される2017年4月までに情報端末の配備やマイナンバーカードの普及が間にあわないことなどへの懸念も出た。

公明党の税制調査会幹部は、当初、財務省案をたたき台に詳細な制度設計に入ることで自民党と確認していた。しかし、党内から反発や異論が噴出したことで、公明党執行部は、9月24日の常任役員会で財務省案を容認せず、「酒類(さらに外食)を除く飲食料品」を対象に店頭で税率処理が行われる軽減税率の導入をめざす方針を正式に決定した。軽減税率8%の場合では1兆円程度の穴埋め財源が必要となるため、軽減税率9%とすることなどを検討している。また、事業者の事務負担を軽減するため、品目ごとに税率・税額を明記するインボイス方式の代わりに、商取引の際に発行する現行の帳簿や請求書に軽減税率の対象品目に印を付ける簡易な経理方式の採用を提案している。

 

自民党内では、財務省案について、中小企業を含む事業者の事務負担が少ないことや穴埋め財源の確保が容易であることから大筋で評価する声がある一方、負担緩和の恩恵が消費者に限られ、食糧生産に携わっている各段階の事業者は10%の消費税を払わなければいけないなどの慎重論も出ていた。また、マイナンバーカードの取得は任意で軽減税率分の還付が行き渡らない可能性があるうえ、個人情報流出への懸念も根強いとして、マイナンバーカード活用に反対する声もあった。このことから、軽減税率導入に慎重な党税制調査会幹部は、還付ポイントを記録する機能に限定した専用カードを発行することも含め、財務省案に修正を加えていく方向で検討に着手することを決めた。

旧大蔵省出身で財務省案の作成に関与した野田毅・自民党税制調査会長は、公明党が強く主張する軽減税率に一貫して慎重姿勢を示し続け、公明党幹部から不評を買った。また、昨年12月決定の2015年度与党税制改正大綱などで明記されている「関係事業者を含む国民の理解を得たうえで、税率10%時に導入する。17年度からの導入をめざす」の解釈をめぐっても公明党と対立した。消費税率を引き上げる2017年4月1日から軽減税率を導入すべきと主張する公明党に対し、野田調査会長は、2017年度中のいずれかの時期であって消費税率引き上げと同時に導入するのは同意できないと反論したからだ。

 

これにより、協議会は膠着状態に陥り、一時中断となった。こうした事態を打開するべく、安倍総理・自民党総裁は、9月25日に行われた山口・公明党代表との会談で、公明党が求める軽減税率の導入に理解を示したほか、野田税制調査会長の退任を決めた。後任には、税制に精通している宮沢洋一・前経済産業大臣(旧大蔵省出身)を起用する方針を固めている。野田前調査会長を名誉職的な党税調最高顧問に就けることで、宮沢新調査会長に可能な限り権限を集中させるようだ。税制調査会長の交代は、安倍総理が公明党との連立合意を重視したほか、財務省案の採用に官邸側が消極的だったことも影響したとみられている。

今週中にも、宮沢新調査会長の就任が正式に決定され、税制調査会の主要メンバー人事を決める。菅官房長官が「軽減税率が何種類もあるとは思わない。少なくとも財務省の案ではない」(13日の記者会見)と述べるなど、政府・与党は財務省案を白紙撤回する方針を固めている。このことから、来週にも再開する協議会では、消費税率引き上げと同時に軽減税率を導入することを軸に議論していくこととなる。

 

自民党と公明党は、今年12月にとりまとめる2016年度与党税制改正大綱に負担軽減策を盛り込む方針で、安倍総理の意向に沿って具体的な制度設計の検討・調整を急ぐ。今後、本格化する与党協議で、論点となる対象品目の線引きや、低所得者対策としての有効性、消費者や事業者の利便性、税収減の穴埋め財源の確保などをめぐって、宮沢新調査会長がどのように公明党と調整していくのか、その手腕が問われることとなりそうだ。

 

 

【重要課題それぞれの主要論点の見極めを】

政府は、1億総活躍社会の実現に向けた具体策や、TPP大筋合意を受けての国内対策などの策定作業に着手した。また、来週にも軽減税率導入をめぐる与党協議がスタートするほか、米軍普天間飛行場を名護市辺野古沖に移設する問題が重要局面を迎えている。当面の政策動向を見極めるためにも、それぞれの主な論点が何なのかを把握しながらウォッチしていくことが重要だ。

また、政府・与党は、民主党などが要求したTPPなどを審議する閉会中審査(11月前半に予算委員会で開催予定)を開くことに応じることで、臨時国会の召集を見送る方向へと傾きつつあるようだ。TPP交渉で大筋合意した内容や、1億総活躍社会の実現方法、閣僚の資質問題などを質して、安倍内閣への対決姿勢を鮮明にしたい野党側は、閉会中審査の前倒し実施や、臨時国会の早期召集を強く求めている。民主党の枝野幹事長は、臨時国会召集に後ろ向きの与党を批判し、「衆議院か参議院のいずれかの4分の1以上の議員が要求すれば、内閣は召集を決定しなければならない」と規定する憲法53条を使うことも視野に入れていることも示唆した。臨時国会の召集をめぐって水面下で繰りひろげられている与野党攻防も引き続き注意してみておきたい。

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霞が関と永田町でつくられる“政策”“法律”“予算”。 その裏側にどのような問題がひそみ、本当の論点とは何なのか―。 高橋洋一会長、原英史社長はじめとする株式会社政策工房スタッフが、 直面する政策課題のポイント、一般メディアが報じない政策の真相、 国会動向などについての解説レポートを配信中!

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